ネット上で「死ね」書き込みは、「殺害予告」に当たらない?微妙な表現の差が判決を左右

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 ネット掲示板に、アイドルグループ・AKB48のメンバーを「コロシテやる」と書き込んだり、プロ野球シーズン中に「これから西武ドームを爆破予告します」と脅迫して、書類送検されるような事件が後を絶たない。そんな中、ネット掲示板・2ちゃんねる上で企業社長を名指しして「死ね」と連呼した人物が損害賠償で訴えられた事件があり、先日ひっそりと判決が確定した。

 判決では「死ね」という文言は「殺す」という言葉とは違い殺意がない、として33万円の賠償金で決着した。今回は、ほとんど知られていないネット掲示板をめぐる民事訴訟事件のてん末をお伝えする。
 
 被害を受けたのは、都内で金貨販売業などを営むA社(仮名)。同社はブログを開設して、顧客に投資情報を提供したり、店舗の日記を掲載したりしている。このブログ名の名称「A」を2ちゃんねるのスレッド名にして、ブログのリンクを張りつけたスレッドがある。そこでは顧客と思われる人物たちがいろいろ書き込んでいて、スレッドのナンバーは優に10を超えている。(ひとつのスレッドの書き込みが1000を超えると、A2、3……というかたちで新しいスレッドが追加され、タイトルナンバーも更新されていく)

 その書き込みの中で、今回の事件は起きた。2011年10月14日〜 11月19日にかけて、以下のようなコメントが大量に匿名で書き込まれたのだ。

 「死ねB氏(仮名/A社の代表取締役) 死ねC氏(仮名/A社関係者)」(10月14日0時8分)
 「とっとと死ねB氏」(11月10日1時55分)

●プロバイダに対し、発信者情報の開示を請求

 その後、B氏とC氏は、掲示板のプロバイダであるNTTぷららに対し、上記投稿者の氏名、住所、電子メールアドレスの開示を求める訴訟を東京地裁に起こした。

 プロバイダ責任制限法4条1項には、ネット上の「情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであるとき」は、権利侵害された当事者が、プロバイダに対し、発信者情報の開示を請求できることになっている。プロバイダが開示しない場合は、裁判所に開示を求め提訴するケースが多い。これにならい、B氏らも提訴した。

 こうして裁判を開始したB氏らは、法廷でこの書き込みにより「大変怖い思い」をして、「執拗かつ悪質な侮辱行為により、耐えがたい屈辱感と精神的苦痛」を受けた、と訴えた。判決は12年6月20日に出て、訴え通り投稿者の情報が開示されることになった。

 また、B氏らはNTTドコモに対しても、投稿者のメールアドレスの開示を請求し、こちらも同月に開示を命じる判決が出た。これらの結果、投稿者は元A社社員のD氏(仮名)氏であることが発覚した。

 この情報をもとにB氏とA社は12年10月5日、D氏を相手取り損害賠償請求を求める訴訟を、東京地裁に提起した。

 請求内容は「被告D 氏は、原告B氏に対し220万円を支払え(精神的苦痛の慰謝料として)」と「被告D 氏は、A社に対し、271万7000円を支払え(内訳は、信用棄損、名誉棄損、業務妨害を被ったとして200万円。投稿者特定のための弁護士費用として約47万円。本件訴訟の弁護士費用として24万7千円)」の2点。

 訴えに対し、被告D氏は、代理人をつけない本人訴訟で応じ、答弁書でこう弁明した。

「書き込みは事実ですが、殺意はなく、実際に行動に移そうとしたことはありません。思っていません。和解を希望します。貴社を辞めて精神的に病んでしまい、書き込んでしまいました。申し訳ございませんでした。現在休職中ですので、支払いが困難です。賠償金額30万円を希望致します。申し訳ございません」

 原告側は、くだんの書き込みにより、男性スタッフ1人を警備員として勤務させたり、誰に狙われているかわからないため、新規顧客との取引を控えたり、継続取引先についても、過去に「死ね」といわれるトラブルがあったかどうか洗い出す作業などで、通常業務に支障が出たと主張し、「訴状の請求額は相当低いラインで計算したものであって、30万円で和解することはできない」と訴えた。

●「殺意は認められない」との判決  裁判は、和解と拒否の押し問答が続いたが、13年2月8日に一審判決が出た。主文はこうだ。

  1.被告は、原告B氏に対し、33万円を支払え。
  2.原告の被告に対するその余の請求を棄却する。

 判決文によると、裁判所は「本件投稿は、『死ね』という表現を使用しているに過ぎず、『殺す』といった表現を使用しているわけではない(略)『死ね』というのみで、殺害行為の日時、場所、方法などの具体的な事実を予告しているわけではない(略)本件投稿は、本件サイト(2ちゃんねる)に投稿されたものであるに過ぎず、原告会社ないし原告B氏に対して、直接、文書送付ないしメール送信させたものではないことに照らせば、(略)殺意を示すものであると認められない」
 
 さらに、「原告B氏は、本件投稿は一般読書の普通の注意と読み方を基準にすると、原告B氏の社会的評価を低下させるものであり、名誉棄損に当たると主張しているが、本件投稿は原告B氏に関する具体的な事実を摘示するものであるとは認められないし、一般読者の普通の注意と読み方を基準にしたときに、原告B氏に関する何らの具体的な事実を暗示するものであるとも認められない」と指摘した。

 そして、本件投稿が、B氏が見ることを見越して「死ね」と繰り返していたことは、「原告B氏の人格権を侵害するものとして不法行為を構成すると認められる」と指摘。要するに、脅迫や名誉棄損とまでは言い切れないが人格権を侵害している、という見解である。

 
 他方、原告A社の損害賠償請求については、くだんの書き込みについて「投稿者から悪感情を持たれていると読むことはできるにしても、かかる投稿内容から直ちに、原告A社がその事案に関して尋常でないトラブルを抱えている会社であると読むことができるとは認められない」として、書き込みはA社に対しては不法行為を構成していないと判断し、こう結論付けている。

「本件投稿は、原告B氏に対して一定の恐怖感を与え、原告B氏の名誉感情を害するもの(略)であると認められる(略)被告による違法な本件投稿は、具体性のあるものではないが、平成23年10月14日から同年11月19日までの間に(略)繰り返されたことなどを踏まえると、その慰謝料は30万円と認められるのが相当であり、また(略)弁護士費用は、上記慰謝料の1割に相当する3万円と認めるのが相当である」として、東京地裁民事第5部の杉山順一裁判長は、33万円の支払いを命じた。。

 この判決を受け、B氏は控訴した。控訴状にはこう書いてる。

「『殺す』なら殺意で『死ね』は殺意ではない、という判示は、あまりに形式的である。テレビドラマの殺人犯は、よく『死ねーー!』と言いながら包丁を突き立てている。そのセリフは『殺すーー!』ではない。この一事をとってみても、『殺す』が殺意で『死ね』は殺意ではない、という論理は破綻している。字面ではなく、どのように読みとれるか、によって判断すべきである」などと主張。だが、その後、控訴審判決があり、「本件控訴をいずれも却下する」との判決が下った。B氏の敗訴である。原告側は13年6月19日に最高裁に上告提起もしたが、同日付で上告取り下げとなり、判決は確定した。

 ネット犯罪が増える中で、微妙な表現の差で大きく判決が変わるという事実を、頭の片隅に置いておくといいかもしれない。
(文=佐々木奎一)