今週はこれを読め! ミステリー編

 読書というのは極私的な体験だから、最初のときと二回目以降で印象が違うことがある。しかし、マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールーの『笑う警官』を今回読み直してみたときの相違は驚くほど大きかった。喩えるならば、かつての高見浩訳『笑う警官』は「重厚長大な戦艦」のような印象、今回の柳沢由実子訳『刑事マルティン・ベック 笑う警官』は「どこまでも無駄なく機能的な戦闘機」だったのである。あれれ、こんなにシャープな作品だったんだっけ!

 ページ数も、旧版が420ページ超なのに今回の新版は380ページ程度と、一割近く少ない。1ページの字組は旧版が43×17=731、新版が39×18=702 とそれほど違わないので、全体の文章量自体が新版のほうが少ないのである。

 その原因として考えられるのは、高見版がスウェーデン語ではなく、アメリカで刊行された英語版からの重訳であり、新しい柳沢版は原書からの直訳だということだ。ということは、旧版の原書はスウェーデンの物語を英語圏の読者に理解させるために、さまざまな「入れごと」がされていたのではないか、という推測は決して無理筋ではないだろう。

 だが、ことはそんなに単純でもない。同じ個所について旧版と新版の訳文を読み比べてみてもらいたい(上が高見版)。

----少々のことではめったに気落ちしないメランデルが、二十七日の朝ときたら、それこそ青菜に塩のうちしおれようなので、グンヴァルド・ラーソンですら思わず「どうしたんだ?」と声をかけたほどだった。
「いや、今までに記憶違いをしたためしなど一度もなかったのでね、それで......」

----メランダーはめったに気落ちするタイプではなかったが、十二月二十七日の朝はすっかりしょげ返っていて、口の悪いグンヴァルド・ラーソンでさえいつもの憎まれ口を叩く気にはなれなかった。
「どうした? ライス・プディングに"当たり!"のアーモンドが入っていなかったってのかい?」
「クリスマス・デザートにライス・プディングを食べる習慣は、結婚したときからやらないと決めている」メランダーが真面目に答えた。「二十二年も前のことだよ、正確に言えば、いや、とにかく、私はふつう間違えないんだがな」

 このとおりで、高見訳になかった文章が柳沢訳には存在する。つまり付け加えられただけではなく、削られたと思われる個所も存在するのである(新旧版では小説の終わり方も少し違う)。改めて強調しておくが、これらの違いは訳者の高見の責任ではない。

 警察小説の古典としてすでに多くの読者に親しまれている作品だが、旧版をご存じの方もぜひ一度今回の柳沢訳をお手にとってみてもらいたい。間違いなく印象は一変するはずだ。再読の習慣がない人も、別の小説だと思って、ぜひ。

 まったくこの小説を読んだことがない人もいると思うので簡単に説明を。この小説は私生活でもパートナー(事実婚)であったマイ・シューヴァル、ペール・ヴァールーが著した警察小説の第4作に当たる。二人は10年の時間をかけて10作を書くという構想を持ってシリーズを書いた。そのため舞台であるスウェーデンの首都・ストックホルムの年代記としても読むことができるのである。

 特に『笑う警官』が代表作と見なされているのは、本書の英訳版がアメリカ探偵作家クラブの最優秀長編賞(エドガー賞)を受賞したからだが、他にも傑作は多い。特に読むべきなのが、シリーズ第1作の『ロゼアンナ』(新訳では『ロセアンナ』になるらしい)で、身元不明の女性の死体を巡る捜査小説としては出色である。また第8作『密室』は、密閉状態の室内で銃殺された男の謎を巡る話で、1970年代以降に発表された海外の密室テーマ作品としては極めて重要である。ネタばらしになってしまうので詳しくは書けないが、トリックの扱いに批評的な意図がこめられている点にも注目されたい(角川文庫から新訳が順次刊行予定)。

『笑う警官』は、バスの中で銃が乱射され多数の死者が出るという衝撃的な事件から始まる作品だ。その犠牲者の中に主人公マルティン・ベックの部下である若い刑事が含まれていた。彼は非番のはずだったのに、なぜか拳銃を携帯していたのである。刑事がバスの中で何をしていたのか、という行動の謎解きが犯人捜しの興味に加わり、物語を立体的なものにしている。

 改めて読み返すと本書にはほとんど無駄な部分がなく、すべてのピースが真相解明のために使われているということがわかった。たとえばマルティン・ベックは妻と不仲で寝室を別にしているのだが、そのことを書いたくだりも、後から読み返すと謎解きに必要な一要素を提供するために使われていることが理解できるのである。ボリューム感やサブプロットの多さを売りものにする「大作」とはほぼ逆の行き方をしていて、贅肉のなさには改めて感心させられた。

 しかも、それでいて最近の作品に好まれる要素はきちんと備えているのだから心憎い(たとえば、題名の『笑う警官』がモチーフとして何度も作中で用いられ複数の意味がそれに重ねられる、といった重層性であるとか)。これは、限られた容量にいかに豊かな内容を詰め込み、かつ必要不可欠な部品だけで全体を構成するという技巧のお手本のような小説だ。こういうのが私は好きなのである。松花堂弁当みたいに美味しいものが詰まっていて、どれ一つとってもがっかりさせられる要素がないというような小説が。

(杉江松恋)








『刑事マルティン・ベック 笑う警官 (角川文庫)』
 著者:マイ・シューヴァル,ペール・ヴァールー
 出版社:角川書店
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