松尾スズキの、初の描きおろし絵本『気づかいルーシー』。えっ、松尾スズキの絵本って大丈夫なの?! はい、とてもよい、松尾スズキテイストと優しさの詰まった、いい絵本です。

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松尾スズキが絵本を描いた、と聞いて不安だったんですよ。
だって、舞台で人間のショッパイところとか酸っぱいところとか苦いところとか、そういうのを表現するのが得意な松尾スズキでしょう?
絵本ってどうなるのと。
とはいえ最近は50を過ぎて熟年期に入り、人をさらにじっくり見つめた『人生に座右の銘はいらない』なども書いていますし、どうなるかわからない。

おっかなびっくりで手にとった、初の描きおろし絵本『気づかいルーシー』。
うん、面白い。
「松尾スズキが描いた」という前提抜きに、子供も大人も楽しめるいい絵本です。

なんせヒロインの、つり目気味の少女ルーシーがかわいい。
ルーシーは、気づかいのできる子です。
でもさあ、「気づかい」ってなんだ? 難しい問題です。
その難しさを、簡潔な文章で表現しました。

ルーシーは
見て見ぬふりをしました。
すごく、努力して、
見て見ぬふりをしました。

一文に含まれるもの、とても多い。
正しいことを言わない、けどウソではない。
日本人独特の感覚が、短い文章の中に入れ込まれています。

この絵本、結構豪快なんです。
いきなり序盤に、おじいさん死にます。
そして、おじいさんの皮をむきます。
むいたおじいさんの中身を見て、子馬は言います。

「やっぱり人は見た目じゃなくて中身だな」

ふ、深いな。

出てくるメインキャラは、ルーシー、おじいさん、子馬。
子馬はルーシーのために気づかいをします。
おじいさんはルーシーのために気づかいをします。
子馬とおじいさんは、気づかいゆえに思いっきり空回りします。
ルーシーは、おじいさんと子馬の気持ちをわかって、見て見ぬふりをするんです。

気づかいの連鎖によって、どうにもならないような事態が、畳み掛けるように丸く収まっていく。
時にどのくらい気づかいすればいいのかを見失うけれど、最終的にうまくいくんです。
皮をむいたり、皮をむいたり、皮をむいたりと、少々グロテスクな展開もあります。
でも絵が可愛いのと、「気づかい」の一環だから、するりと読めます。
もちろん最後は大団円! 意外な形の大団円です。

直球じゃない、日本人らしい面倒くさい「気づかい」を描いているのがいい。
だって、本来ならさっさと正直に話して、次のステップに進む方がすっきりするじゃないですか。
でも「嘘も方便」の方便を知っている場合、「見て見ぬふりをする」。
方便で相手が幸せになるのなら、ウソにウソを塗り固めることだってする。

不器用すぎですよ全員。本当にそれでいいのかい?!って思ってしまう。
でも、「それでいいんだ」と描くんです。
もちろん「すぎたる気づかい」もたくさんあるんです。でもマイナスにならない。
何でもかんでもしゃべらないことの、語らない美学があります。

ネタはエグい部分もあるのですが、絵がとにかくかわいいので、子供が読んで楽しめるものになっています。
それでいて、ちゃんと「松尾スズキ節」と言えるユーモアと毒もある。
ルーシーのかわいさは、トゲがあるからこそのもの。
笑えるイラストもたくさんありますが、「笑わないとやってられないよね」という境地の上にあるものです。

松尾スズキが2013年になって、不安を「余裕」に変えて乗り越えた、円熟感があります。
かつて攻撃的で混沌とした演劇も作っていた松尾スズキ。
2000年代にはいって数多くの人間の人生に目を向け、様々な生き方があること、酸いもあるけど甘いもあることを熟知した作品を作り始めます。
その進化の先にある絵本です。
小説でも演劇でも映像でもなく、絵本という形なのがいい。子供が読めますから。
極めて洗練された短い言葉の中に、沢山の「気づかい」哲学が詰まってます。

とかまあ、難しいこと考える前に、色々思い出しちゃったよ。
相手のために、と思ってやった気づかいが、やりすぎで恥かいたトラウマとかね。
バランスはほんと難しいんです。だから「気づかいしてやりきれなくなる、そんな思いしたくないよ……」というぼくの心にスルリと入ってくるいい絵本でした。


松尾スズキ 『気づかいルーシー』

(たまごまご)