監督作『Child of God』が、第70回ヴェネチア国際映画祭に続き第51回ニューヨーク映画祭で上映されたジェームズ・フランコ/写真:SPLASH/アフロ

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『127時間』(10)でアカデミー賞主演男優賞にノミネートされた経験を持つ俳優ジェームズ・フランコ。多彩な顔を持つ彼は、これまで数多くの作品でメガホンを取ってきた実力派の映画監督でもある。そんな彼の監督最新作『Child of God』が第51回ニューヨーク映画祭で上映され、ジェームズがスカイプで記者会見に応じた。

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第70回ヴェネチア国際映画祭にも出展された同作は、コーマック・マッカーシーの第3作となる同タイトルの小説にほぼ忠実に作られた作品で、ジェームズが脚本、監督、そしてカメオ出演している異色作だ。自らを「神の子」と呼ぶ主人公レスター(スコット・ヘイズ)が、すべてを失って自暴自棄になり、村から森、最後は洞窟で暮らしながら一切人間とのコミュニケーションを絶ち、動物、そして人間にも手をかける殺人鬼になっていく姿が描かれている。

同作を映画化しようとした理由について尋ねられ、開口一番、「常に、人がやっていない新しいことをやってみたいと思っている」と語ったジェームズ。カリフォルニア大学ロサンゼルス校に始まり、コロンビア大学、ニューヨーク大学、現在はイェール大学で大学院博士課程に在学するなど、アートを学び続けている彼らしい回答が返ってきた。

「7年前に授業でマッカーシーの作品を全部読んだのがきっかけだけど、その時は、なぜこの作品を映画にしたいのかわからなかった。でも昔、スティーヴン・スピルバーグ監督が『理由なんていらないから、撮りたいと思うものを撮るべきだ』って言っていたことを実践して、心の声に従ってこの作品を製作するに至ったんだ。作中のレスターは、もともと1957年に逮捕された実在のシリアルキラー、エド・ゲインがモデルになっているが、ロバート・ブロックの原作を映画化した『サイコ』(60)も、『悪魔のいけにえ』(74)もエドに影響を受けている。3つのまったく違った作品のオリジナルが同じだったという点にも、とても惹かれたよ。それと製作過程で感じたのは、スコットを通じて、人間みんなが持っている本質があぶりだされているという点だった。レスターの場合は完全に社会から遮断され、死んだ女性とセックスすることで人との交わりを求めたネクロフィリア(死体に性的興奮を感じる人物)として描かれている。つまり、どんな人間も、なんらかの形でコミュニケーションが必要だし、愛し、愛されたいと思う気持ちがあるし、それが必要なんだということだ。そこは、ソーシャルメディアの普及でコミュニケーションが難しくなっている現代と、何かつながるものがあると思う」と持論と語った。

森で大便をしたり、女性の死体とセックスしたりと、愛すべき人物ではないレスターが主人公の同作は、「万人向きではない」と認めるジェームズだが、レスターを演じたスコット・ヘイズの狂気的な演技が圧巻なのは、「誰もが認めてくれるはずだ」と胸を張る。

「最初は友人のサム・ロックウェルを考えて脚本を書いていたし、マイケル・シャノンとかレスターを演じられる友人はいたんだけど、『誰、この人?』って思われるような知られてない人を起用したかったんだ。スコットは僕の友人の友人で10年来の知り合いだけど、実生活があまりうまくいっていなくて、あまり関わりたくないような人間だった(笑)。だけどそれを克服して僕と会った後、彼は実際に作家のマッカーシーが暮らしたことのあるテネシーに行って、3か月間自分を孤独に陥れたんだ。ライフル銃の使い方やアクセントを身につけ、そして実際に映画のシーンに出てくるように洞窟で一晩過ごしたらしいよ。だから、3か月後に会った時には、彼は完璧にレスターになりきっていた」と、同業の俳優としてもスコットの演技を絶賛した。

これまでにも多くの作品で独特な個性を放ってきたジェームズだが、「別に死体が好きなわけじゃないんだけど、最初に大学で書いた短編の脚本も、死体公示場で働いていて、そこに送られてくる死体だけが友達って男が主人公だった」と笑い、意外な好みを明かした。

「スタンリー・キューブリック監督の『ロリータ』(62)の主人公だって、モンスターだけど、内面はロリータを愛している、愛がある人間なんだ。形がいびつになってしまっただけで、そういうケースはユニバーサルな感情だと思う」と語るジェームズ・フランコの、好奇心と芸術性が行き着く先はどこなのか。前作とは全く違ったテイストの作品なだけに、今後も楽しみだ。【取材・文/NY在住JUNKO】