フィアット・パンダは、日本車でいうとトヨタ・パッソ/ダイハツ・ブーンと同じくらいの大きさのスモールカー。欧州ではこれが最小かつ最安クラスで、いわばイタリアの軽自動車みたいなもの。イタリア車といえば、日本だとファッションアイテム扱いされがちだが、欧州でパンダに気取って乗る人はまずいない。ただの実用ゲタグルマである。

 もっとも、日本仕様のパンダは"0.9リッター2気筒ターボ"というハイテク最新鋭のダウンサイジングエンジン車のみで、従来だと1.4〜1.5リッターに相当する上級グレード。日本での価格は208万円と意外に安くないが、パンダが日本車なら安いモデルで120万円くらい、上級グレードでも140〜150万円......で売られるであろうクルマである。シツコイようだが、パンダは良くも悪くも安グルマだ。

 軽自動車の例を出すまでもなく、昨今の日本車の"室内の広さ"と"小技の効いた便利さ"への追求っぷりは尋常でない。パンダはその点、純粋な居住空間でひとまわり小さな日本の軽自動車にかなわない。後席は子供や小柄な女性には十分だが、大柄な大人が前後に座ってしまうとハッキリとせまい。

 "ツインエア"と呼ばれる2気筒エンジンはフィアット500(第10回参照)と同じで、ブルブルという独特の震動とノイズはそれなりに強烈(簡単にいうと騒がしい)。内装の仕立て品質もまあ価格なり。リアウインドウにいたっては、最近の国産車ではほとんど見かけない手回し式である(笑)。なにはなくとも200万円を超える価格なのに......である。

 では、この日本であえてパンダを買って乗るのは「イタリア車という理由だけで割高なクルマに喜んで乗るカッコつけ行為」なのか......というと、断じてそうではない。

 パンダに乗ると素直に楽しい。これは本当だ。そして多くの場合、クルマが好きになる。

 ただし、その理由は「ラテンの明るく熱い国民性」だとか「イタリアデザインのセンス」みたいな捉えどころのないイメージではない。いや、パンダのデザインセンスは素晴らしい。高価な素材はなにひとつ使わず、内装は安っぽいプラスチック感が丸出しなのに「丸っこい四角形」のモチーフを、内外装にこれでもかとリフレインする。安くてもオーナーを貧相で哀しい気持ちにさせない......のは、安グルマの老舗フィアットの真骨頂である。

 しかし、パンダの楽しさ、あるいは乗る人間をクルマ好きにさせる本当のツボはそこではない。ひとえにクルマの"運転"あるいは"移動"という行為に、パンダはどこまでも真摯に向き合ってつくられているからだ。

 パンダはデザインセンスが高くても、内外装品質はクラスなりに安普請だ。ただし、シートはしっかりコシがある座り心地で、ステアリングは径も大きく握りもしっかり、ギアボックスにエンジンマウントにサスペンション......と、人間が実際に触れる部分と走りに直結する部分はケチっていない。

 安価なのは構造がシンプルだからで、強度はたっぷり。たまにしか使わない後席は割り切っても、運転席の調整幅は広くてあらゆる体形にぴたりとフィット。人間が手足で操作するものはすべて、あるべき場所にあるべき手応えで配置と調律がしてある。

 日本の実用車の多くは、街中をトロトロ這いずるような低速重視のクルマづくりで、渋滞や駐停車時の微細な使い勝手に目が向いている。まあ、日本ではそれが大半の人がクルマに求めるものなのだから、それ自体を否定はしない。

 ただ、パンダのクルマづくりはその正反対だ。小さくて安いクルマなのでどんな場所をどんなスピードで走っても快適......とはいかず、パンダは日本の渋滞速度ではギクシャクしたり、乗り心地が少し硬めだったり......なのは事実。しかし、高速道やちょっと曲がった山坂道など、クルマをクルマらしく走らせるほど、パンダはすべての調律が合焦して、ドンピシャに快適でリアルな手応えを醸し出す。2気筒エンジンはちょっとクセある性格だが、エンジンが気持ちよく働く領域(具体的には3500〜4000rpm以上)になると、とたんにスムーズで力強くなる。

 そうやってパンダをパンダらしく走らせると「やっぱりクルマっていいもんだな」と素直に思える。これはお世辞ではない厳然たる事実。そして、そのまま遠くまでどこまでも走っていきたくなる。こういうパンダこそ「クルマのツボをわかったクルマづくり」ってもんである。

佐野弘宗●取材・文 text by Sano Hiromune