安倍政権の成長戦略の成否はフローとストックの経済の連環にある
金融資産の大量かつ継続的な買い入れと通貨の大量発行を柱とする米国FRBの3次にわたるQE政策は、実体経済の押し上げに成功しつつある。一方、日銀は異次元緩和政策で脱デフレ、景気拡大の成果を収められるだろうか。安倍政権はそのためにも凍りついたマネーが流れだす成長戦略を打つべきだ。


金融緩和を柱とするアベノミクスを推進する論者たちは、一般読者を納得させるほどの平易な説明ができていない。そこで作成したのが、下のグラフ2点である。

上のグラフは、これまでの「15年デフレ」の間の日本の家計金融資産と名目GDP(国内総生産)を対比させた。金融市場が高度に発達した現代経済は、大きく分けると実体経済のフローであるGDPと金融資産というストックに二分される。グラフを見ると、15年デフレの間、この両部門の曲線はX型であり、相反するトレンドを描いてきたことがわかる。日本ではGDPが縮小しながらも金融資産は上昇カーブを描くのである。

生産はすなわち所得、それが減り続けながらも金融資産が増える。金融資産が金利や株価上昇によって自己増殖しているからではない。日本の家計金融資産の54%(2012年現在)は現預金であり、金利はゼロ近辺、しかも株価は低迷。家計は実物にカネを使わず、現預金というストックに回している。預金を集める銀行は一般融資を減らし、国債で運用してきた。株価も不振だから、企業はストック市場から資金調達して設備投資に回すこともない。それどころか、企業自身、現預金を積み上げるだけである。

このグラフが明示しているのは、ストック部門で貯まっては凍りついたように積み上がるマネーであり、それが実物のフロー経済に流れていかない。あたかも大河の水が崖を流れ落ちるとたん、巨大な氷柱となる厳冬期のナイアガラ瀑布のようになる。それが日本特有の慢性デフレである。

下のグラフは米国のケースで、日本と大きく異なるのは米国マネー経済は決して厳冬のナイアガラではない点である。家計金融資産、GDPともリーマン・ショック直後は急減したが、ほぼ一貫して寄り添うように上昇軌道を描いている。米国では金融のストックと実体経済のフローはみごとに連動している。つまり、GDPと金融資産は連環しながら拡張する。ということは、FRB(連邦準備制度理事会)がドルを大量発行して資産を買い入れて株式や国債相場を引き上げていけば、フローの実物経済も上昇して行く。バーナンキ議長が企図してきたQE(量的緩和)政策は、実体経済である生産や雇用を引き上げることができる。QE政策を成功させられるだけの素地が、米国には備わっているのである。

こうして日米比較すると、米国型のQE政策で日本が再生できるとは言いがたい。何よりも、マネーが凍りつく瀑布を溶かし出す策を総動員しなければならない。

まずは、大胆なまでの量的緩和とインフレ目標の達成が欠かせない。インフレ目標は実質金利を引き下げ、金融資産として保持するよりも、実物への投資や消費に企業や消費者を向かわせる。量的緩和の副次的効果で円高は是正され、円安基調が定着する。企業収益は好転し、株価も上昇軌道に乗る。企業の国内投資が促され、富裕層は高額消費に足を運ぶ。

だが、以上の政策は、依然として経済学の教科書的真実にとどまるかもしれない。なにしろ15年デフレに企業も消費者も順応し、デフレ体質に変じている。それを元の正常な経済体質に戻すためには、第2、第3の矢が必要だ。特に財政出動で有効需要を喚起するケインズ型政策にはかなり意味がある。デフレ圧力が完全に一掃されるまでは消費税増税も見送るべきだ。

成長戦略も凍りついたストックのマネーが流れだす政策に重点を置くべきだ。国内設備投資を促進する減税に踏み切るのは当然だ。「規制緩和」は過大評価すべきではない。成長に結びつく保証はないし、逆に農業部門など柔軟性を失ってしまった個々の業種を混乱させ、逆効果になりかねない。実施するなら、「特区」方式でシンボリックな成功例を生み出すことから始めるべきだろう。アベノミクスが目指す方向は正しい。しかし、フロー部門とストック部門をつなぐマネーの大河が悠々と流れるようにするためには、まだ事足りていない。




田村秀男(たむら・ひでお)
産経新聞社特別記者・編集委員兼論説委員

日本経済新聞ワシントン特派員、米アジア財団上級フェロー、日経香港支局長、編集委員を経て現職。『人民元・ドル・円』(岩波新書)、『円の未来』(光文社)、『財務省「オオカミ少年論」』(産経新聞出版)、『アベノミクスを殺す消費増税』(飛鳥新社)など著書多数。今、政府・日銀の金融経済政策運営に対して数多くの有益な提言を行なう気鋭のジャーナリストとして注目を集めている。



この記事は「WEBネットマネー2013年10月号」に掲載されたものです。