日本フィギュア界の悲願だった国産ペアがついに出陣する。

 9月26日から始まるネーベルホルン杯(オーベルストドルフ=ドイツ)五輪予選会。この大会には3シーズンぶりの公式戦となる安藤美姫がソチ五輪出場を目指して出場することになり、注目が集まっている。だがもうひとつ、この大会は、日本フィギュアチームが、来年2月のソチ五輪で新設される団体種目でメダルを目指せるかどうかがかかる大一番でもあるのだ。

 日本が五輪団体戦に出場するためには、この五輪予選会で、最低でもペアかアイスダンスのいずれかの種目で出場権を勝ち取らなければならない。さらにメダルを狙うには、男子シングル、女子シングルを含めた全4種目での出場が必須になる。アイスダンスに関しては、バンクーバー五輪にも日本代表として出場したキャシーとクリスのリード姉弟の予選突破が有力視されている。

 懸案のペアでソチ五輪出場を狙うのは、今年1月にコンビを結成したばかりの高橋成美、木原龍一組だ。高橋は昨年末まで6年間、カナダ人のマービン・トランとペアを組み、2012年の世界選手権では銅メダルを獲得している。だが、トランが日本国籍を取れなかったことなどからペアは解消。一からパートナーを探さなければならなくなった。

 一方の木原はシングルスケーターとして活躍していたが、高橋のラブコールなどもあってペアに転向した。高橋と木原は同い年の21歳。ジュニア時代からの"幼なじみ"で仲が良く相性もいい。元気印の高橋を優しくフォローする「気骨のある」木原という関係で、ベストパートナーになっているようだ。小林芳子フィギュア強化部長によると、「(シングルの)木原選手を口説いた高橋選手の熱い思いがあった」からこそ誕生したペアだという。

 そんな2人が過酷な練習の拠点にしたのは米国のデトロイトだ。男子世界チャンピオンのパトリック・チャンら強豪が練習するリンクで、佐藤有香コーチら3人のコーチから徹底指導を受けてきた。特にシングルから転向した木原は、ペアの「いろは」から学ばなければならなかった。女性を持ち上げたり、投げたり、抱き止めたりするには、テクニックを習得するしかなく、さらにペアとしての技を駆使するための上半身の筋力と基礎体力をつける必要があったからだ。

 ペアスケーターを育てるという段階を一段ずつ踏んでいかなければならなかっただけに、4月半ばの時点で佐藤コーチは「まったく先が読めない状況。時間との勝負」と語っていた。

 その3ヵ月後。7月下旬に名古屋で行なわれたアイスショー「The Ice」で、高橋・木原組は初めて人前で今シーズンのプログラムを滑っている。その姿はすっかりペアらしく、スロージャンプもリフトもツイストも堂に入ったものになっていた。ショートプログラム(SP)の「サムソンとデリラ」、フリーの「レ・ミゼラブル」のプログラムも素晴らしく、会場は大きな拍手と歓声に包まれてスタンディング・オベーションがまき起こった。懸命に、健気に演技する2人を見て、涙ぐむ関係者も見られた。

 人に合わせることの難しさがあると言われるペア種目。まして、シングルスケーターでやってきた自分を一度リセットしてペアスケーターの世界に飛び込んだ木原は、並大抵の決断ではなかったはずだ。また、新たなペアで五輪を目指すという高橋には、並々ならぬ覚悟が必要だっただろう。佐藤コーチは「男子のペア選手を育てるには3年かかる」と言っていた。そんな困難な状況の中で、ペアの体裁を整え、競技会に出場するレベルまで仕上げてきたのは"神業"と言えるかもしれない。

 その後も2人は成長を止めていない。先週末に行なわれた五輪予選の前哨戦のロンバルディア杯(ミラノ=イタリア)で、高橋・木原組はペア結成以来初の公式戦出場を果たしている。堂々とした演技を披露して出場9チーム中7位の成績を残した。結果はともかく、サルコーとループの2種類のスロー3回転ジャンプや、7月のアイスショーでは両腕で持ち上げるリフトが精一杯だった木原が、高橋を片手で支える難度のあるリフトを披露するなど、2ヵ月前より一段も二段も技のレベルを上げてきた。

 また、この大会で高橋・木原組は、国際スケート連盟が五輪出場の条件に定める最低技術点を、SP、フリーともクリアすることができた。ペアの最低技術点はSPが24.00点、フリーは41.00点だったが、SP26.26点、フリー47.45点をマークして上回った。本番を前に心配事がなくなったことは大きな前進だ。内容は十分に合格点。現地からの報道によると、高橋は「いつも通りの滑りができた」と振り返っており、コーチ陣もその出来栄えに五輪切符獲得に向けて十分な手ごたえを掴んだようだ。

 今年4月、ソチ五輪団体種目について小林強化部長は「ペアとアイスダンスが五輪出場資格を取って、男女シングル、ペア、アイスダンス、団体と、全ての種目でそろって出場できるようにしたい」と抱負を語っていた。その目標が達成できるかどうかがまもなく決まる。ネーベルホルン杯で争われるペアの五輪出場枠は4。13組が五輪切符を目指すという熾烈な戦いとなる。

辛仁夏●文text by Synn Yinha