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このコラムは、大袈裟なネタではないけれど、知っているとちょっと自慢できる「あの街の歴史エピソード」を紹介します。第11回は、埼玉県草加市です。

■今も昔もせんべい作りに力を入れる、宿場町の面影を残す街

せんべいと言えば、醤油味で堅焼きの、いわゆる「草加せんべい」を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。東京土産として売られていることがあるため、東京の名物だと思っている人もいるかもしれませんが、その名が示す通り、埼玉県南東部に位置する草加市の名物です。

江戸時代の草加市は、日光街道の宿場町「草加宿」でした。そのため行き来する旅人が多かったようです。街道沿いには旅人相手に団子を売る茶店があり、その中に「おせんさん」という女性がいました。団子が売れ残って困っていたおせんさんは、あるとき、通りがかりの侍から、売れ残りの団子をつぶして干し、焼き餅にするよう勧められます。その通りにしたところ、焼き餅は評判となり、街の名物となりました。

というのが草加せんべい発祥のルーツと言われていますが、これはいわゆる伝説。実際の歴史は少し違ったようです。草加では昔から米がよくとれ、農家の人たちは、保存食として米を団子にして干したせんべいに近いものを食べていたと言います。江戸時代に草加宿ができると、旅人たちの間食に最適だったせんべいが、自然に売られるようになったと考えられているそうです。

かつて日光街道を旅した歌人の正岡子規は、この街で大量のせんべいが干されている光景を目にしてか、「煎餅干す 日影短し 冬の町」という歌を残しています。時代を経るにつれて、草加せんべいは、その素朴なおいしさから人々に親しまれ、その名を広く知られるようになりました。せんべいづくりは、街をあげての地場産業に。

現在、草加市内では、60軒以上ものお店で草加せんべいが製造・販売されています。本場の草加せんべいには、産地や材料、製造方法に関して基準が定められているそうです。醤油味のイメージが強い草加せんべいですが、味に関しては特に決まりはありません。醤油のほか、味噌、砂糖などさまざまな味のせんべいが作られています。草加せんべいを食べる際には、その歴史にも思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

文●高倉 都(エフスタイル)

参考/『埼玉県の歴史散歩』(山川出版社)

草加市公式HP: