なでしこジャパンの心臓部といえば、攻守に関わるボランチ。再び世界の舞台を目指すなでしこジャパンのボランチとして、不動の存在感を示すのが阪口夢穂だ。しかし、澤穂希とのゴールデンコンビでワールドカップを制し、ロンドンオリンピックの銀メダル獲得に貢献した阪口も、なでしこに招集されてから最初の数年はベンチを温め続けた。

 存在感を放つようになったのが、18歳で迎えた2006年アジア大会の頃のことだ。徐々に高いポテンシャルを発揮し始め、2008年には北京オリンピックへ向けて、澤とのボランチコンビが誕生。以降、なでしこジャパンのボランチは阪口の定位置となった。

「なでしこのボランチって"慣れ"ですから。私だって、チーム(日テレ・ベレーザ)ではもっと前でプレイしてるから本職ではないし、なでしこのボランチは守備にも攻撃にもガッツリ絡むから独特のリズムがあって、それに慣れるのが大変なんです」

 ロンドンオリンピック後、始動したなでしこジャパンの初海外遠征である今年3月のアルガルベカップ(ポルトガル)には右膝のケガで参加できず、多くの新戦力が試された大会を阪口は日本で見ていた。

「なんていうか......変な意味じゃなくてみんな気の毒な感じがした。ゲームを作れるベテランがいなくて、ただでさえ手さぐりの中、中堅は自分たちで引っ張っていかなきゃいけない。そこに慣れてない新人選手たちが入ってくる訳で、しかもその選手たちも普段のポジションじゃないところを任されたりしてたから、それぞれに苦しそうだった......」

 阪口がなでしこに戻ってきたのは、6月のイングランド・ドイツ遠征だ。ワールドカップドイツ大会で唯一黒星を喫したイングランド、そしていつの時代でもメダルの前に立ちはだかってきたドイツとの2連戦。しかし、阪口に最も焦燥感を与えたのは遠征直前に鳥栖で戦ったニュージーランド戦だった。ニュージーランドと言えば、これまで日本が得意としてきた相手だ。しかし、結果は1−1のドロー。

「実際、ロンドンの時と少ししか変わってないメンバーで戦ってみて......自分たちのことよりも相手がすごく変わったって感じた。ニュージーランドは(ロングボールを)蹴ってくるイメージがあったけど、実際には結構つながれてしまった。でも自分たちのサッカーってそんなに変わってない。特に守備に関しては変わってない中でかいくぐられたから、ヤバイなって。守備はなでしこの生命線みたいなところ。攻撃は結構自由でそれぞれの感性で出来るけど、なでしこの守備は11人で同じことを考えてないと出来ないんです。研究されてるのは十分に感じるし、このままのスタイルで戦うっていうのはもう無理。プラスアルファがないとダメだなっていうのは痛感しました」

 ヨーロッパ遠征ではイングランドに1−1で痛み分け、ドイツには2−4で完敗を喫した。そこで感じたのは自分たちのスタイルを、より発展させなければ未来はないという現実だった。そしてヨーロッパ遠征から3週間後、日本の十八番とも言える東アジア選手権を迎える。3連覇を狙う日本だったが、中国、韓国、北朝鮮に1勝1敗1分けで2位に終わった。タイトルへの重圧より、互いに必要なコミュニケーションがなされていれば、共有できるはずのイメージが全く備わっていなかったことがすべてのプレイに陰を落とした。阪口の言う「11人で同じことを考える」ことができていなかった。ヨーロッパ遠征時から少しずつ取り入れ始めたタテ攻撃には最も必要な要素であるが、そこは手つかずだったと言っていい。その事に触れると意外にも阪口からはこんな言葉が飛び出した。

「メンタルのところはまあその通りですね(苦笑)。でも、タテ攻撃については、ちょっと違和感がある。あや(宮間)とも話をしてたんですけど、マスコミでタテ攻撃の話をすごいされてたじゃないですか。自分たちは実はそれほど意識してなかったんですよね。『そんなにタテかなあ?』って言ってたくらい(笑)。ゴールに一番近い攻撃ってことで自分としては常に狙っていたいけど、それだけだと単調になるし、タテ攻撃はここ!ってときだけでいい気がする」

 タテへの攻撃の代償として、日本は度々カウンターを食らってピンチを招いている。日本が前がかりになったところをはがせば、カウンターで崩せる――対戦相手には日本のウィークポイントと映ってしまっているのだ。

「ボールを取られる場所とタイミングがめっちゃ悪すぎるんです。だから最近すごくカウンターでやられる」

 ピンチを招いた原因はわかっている。ただ打開策がまだ見えていないのが現実だ。そのひとつに攻守の要となるボランチコンビが一定していないことも大きい。

「私は組む相手によってプレイスタイルが変わるんです。ここまで、やる試合やる試合ペアが変わってて......。ほとんどの選手と組んだけど、誰がやりやすいとかじゃなくて、とにかく動きが違うから、前日の練習で組む相手がわかったら、そこから一緒にビデオ見て、話をしてって......一夜漬けですよ(笑)」

 いろんなタイプとペアをこなしてきた阪口だからこそ聞いてみたい。阪口にとって"理想のボランチ像"とはどんなスタイルなのだろうか。

「私も本職じゃないから、正直わからないんです。点が入ればそれで"ヨシ"となる感じもあるし。でも、そんなときは絶対にボランチのどっちかが攻撃に絡んでる。だからどちらかが必ず攻撃に上がれる状況にできていることと、セカンドボールを拾えてるときっていうのは良いバランスなんだと思う」

 阪口の中の優先順位は自分のプレイではない。良いバランスにするために、自分がどう動くのがベストかを考える。彼女の"理想"は自分がやりたいプレイをすることではなく、チョイスした自分のプレイが"チームの理想形"に貢献できているかどうか、というところなのだ。

「結局なでしこのサッカーって、周りの人のために自分がどれだけ動けるかっていうもの。そういう状況になったとき、どっちかっていうと『私が二度追いすればいい』って思う方。その代わりゴール決めてなって(笑)。どれだけ苦しい思いをしても、ゴールを決めてくれると、『あー走ってよかった!!』ってチャラになるんです(笑)」

 世界への道筋を考慮すれば、今の段階でボランチの軸は阪口以外に考えられない。

「一度コーチに攻守の役割を決めた方がいいかって聞いたことがあるんです。でも、答えは、役割を決めない方が相手は的を絞りにくいってことだった」ならば、攻守を切り替えながら呼吸を合わせていくしかない。ペアが決まればおのずと色が沸きだしてくるはずだ。ベテランだけでなく、若手にもその一角に入り込むチャンスは十分にある。

「私がボランチにデビューしたのは20歳のときの東アジア選手権。ナガちゃん(大儀見)にしたって同じ年で、イワシ(岩清水)も21歳で今のポジションを背負ってた。今の子たちにだってできるはず。則さんはチャンスをくれるから、今の子たちはラッキーだと思う。私、若い頃全然試合に出してもらえなかったから(苦笑)」

 それでも環境に恵まれていた、と阪口は若き日を振り返って笑った。試合に出ることが叶わない日々を支えてくれたのは先輩選手たちだった、と。

「私も大人になったってことですかね?(笑) 若い子たちを見てると、先輩たちもこんな感じで私を見てたのかなって思うときがあるんです」

 北京オリンピックで可能性を見出し、それを追いかけて走ったワールドカップドイツ大会では、澤の大活躍の影にボランチでペアを組む阪口の功労があったことは言うまでもない。そんな自分を自ら"陰"と称す阪口。

「でも、陰があるから日向がある。縁の下の力持ちっていうの? それを目指します(笑)」

 柔らなボールタッチ、適所を見極めるポジショニング、先を見越した鋭い寄せ――逞(たくま)しいまでのプレイで魅せる阪口は、これから成熟期を迎える25歳。阪口がどんなプラスアルファを見出すのか、なでしこの成長を見守る楽しみは尽きない。

早草紀子●文 text by Hayakusa Noriko