任天堂の前社長で、その後同社の相談役を務めていた山内溥氏が19日、肺炎のため京都市内の病院で死去した。85歳だった。

山内氏は、同社が1980年に発売した携帯型液晶ゲーム機『ゲーム&ウオッチ』をはじめ、1983年発売の『ファミリーコンピュータ』(ファミコン)、1989年発売の『ゲームボーイ』などを世に送り出し、もともとは花札会社として創業した任天堂を、ゲームメーカーの枠を越えて、世界的に認知される優良企業に押し上げた。1949年〜2002年と約半世紀にわたって同社社長を務め、2002年に取締役相談役に退いた。

その一方で、1992年に米大リーグのシアトル・マリナーズが経営危機に瀕した際、自身のポケットマネーでマリナーズの株式を購入し、大リーグ史上初の非白人オーナーを務めるなど投資家としても手腕を発揮。2008年には、米フォーブス誌が発表した「日本の富豪40人」では、総資産78億ドルでトップに選出されている。