今週はこれを読め! SF編

 ペトルシェフスカヤは現代ロシア作家。1960年代より創作活動をはじめ、80年代後半以降はロシアを代表する実力作家として評価を得ている。『私のいた場所』は作者本人の意を汲みつつ、訳者・沼野恭子が選んだ18篇。いっけん素朴な、しかし底味のある幻想を湛えた短篇が並ぶ。



 この書評コーナーはジャンル小説を優先的に取りあげる方針なので、本書のような世界文学(=ジャンルの枠組にとらわれない普遍性を備えた文学)はちょっと反則という気もする。しかし、ペトルシェフスカヤは英訳短篇集There Once Lived a Woman Who Tried to Kill Her Neighbor's Baby: Scary Fairy Talesが、2010年の「世界幻想文学大賞」(世界ファンタジイ大会にて選ばれる)を受賞しているので、コアなファンタジイ関係者のお墨つきと見なしてよかろう。ちなみにこのとき同じ短篇集部門を、ジーン・ウルフがタイ受賞している。ウルフはジャンル小説から出発して高い文学性を発揮した作家なので、ペトルシェフスカヤとは対照的だ。



 ロシアの幻想小説といえば、ぼくはまずミハイル・ブルガーコフを思い起こす。あの視覚的イメージの鮮烈さ。ギョッとする場面がふいにあらわれる。ペトルシェフスカヤの作品にもそういうところがある。たとえば「噴水のある家」では、死んだ娘を甦らせようと奔走する父親が夢のなかで娘と出会い、彼女にカツサンドをさしだす。しかし、パンのあいだに挟まれているのはカツではなく、生の心臓なのだ。「手」では、軍務で忙しい夫のもとへ寂しさを訴える妻の手紙が届き、休暇をとって駆けつけるが妻は一足違いで亡くなっていた。弔いをすませたあと夫は党員証が見あたらないことに気づき、夢にあらわれた妻の言葉に従って彼女の棺を掘りおこす。しかし「顔にのっている覆いをめくりあげないでね」の忠告を破ったため、恐ろしいものを見てしまう。オルフェウスの冥府くだり(あるいはイザナギの黄泉国行き)さながらである。「新開発地区」では、望まぬ結婚をした夫婦のあいだにカッテージチーズ状の赤ん坊が生まれる。その後、健常な娘を授かったのだが、もともとあった夫婦間の不協和音はしだいに高まり、ついに夫は妻を殺害してしまう。死体は雪のなかに隠しひとたび完全犯罪が成立したものの、夫が水道の栓をひねるとマニキュアを塗った妻の指が突きでてくる。



 本書に収められた作品では、死、夢、精神失調、家族間の軋轢などのモチーフが繰り返し扱われ、戦争の重苦しい影、病院や墓場などの情景がしばしば描かれる。しかし、ペトルシェフスカヤの幻想性は、強烈なイメージや題材だけに拠るものではない。語りの流れが緩やかに蛇行していて、作品空間がどこか歪なのである。



「新開発地区」を例にとると、夫婦の不和について直截に語りはじめ、その背景として夫には学生時代に一学年上の恋人がいたことへと遡っていく。そこから物語は恋人の運命へと入りこみ、彼女が別な街で働き者の男と結婚して娘を産んだこと、その娘が発作持ちで六歳になるいまもなだめるため母乳を与えつづけていることが明かされる。本筋とは関係のないこのエピソードは風の噂として、夫へと伝えられる。元恋人の不幸な子どもについてふれたのち、彼自身の最初の子どもがカッテージチーズ状の塊であったことが読者に伝えられる。もちろん両者には何の因果関係もない。ただふたりの子どもの苛酷な印象と、この夫の倦怠感だけがつながっている。



 また、この段になって夫の名前がワシーリイだと初めてわかるのだが、このタイミングもなんだか不思議。ペトルシェフスカヤは俯瞰的に物語を構成するのではなく、それぞれの場面ごとの動きに沿い、いわば微分的に物語を進めているかのようだ。ただし、作品の発端と結末はあらかじめつながり(円環だったり落差だったり)が仕組まれていて、いわゆる異色短篇として楽しめる作品----それこそビアスの有名作品ばりのサプライズさえ----もある。



「家にだれかいる」は、家のなかに潜むポルターガイスト的存在(あるいは非存在)に悩まされる女の話だ。この作品でも最初はただ「女」とだけ称される主人公が、幼いころののカットバック(母親との確執)を挟んで、「母さん娘」と呼ばれるようになる。ここで作品世界に特別な一色が加わる感じだ。この作品を、母の抑圧下で少女期をすごした娘が成長後、孤独のうちトラウマにとらわれ自壊しそうになる物語と読むのはたやすい。ただし、それに回収しきれないディテールがあって、作品に穏やかな広がりをもたらしている。とりわけ重要なのは、母さん娘が飼っているネコのリャーリャの活躍だ(といってもあまり動かないのだが)。



 一筋縄ではいかない作家。さらなる作品紹介が望まれる。



(牧眞司)




『私のいた場所』
 著者:リュドミラ・ペトルシェフスカヤ
 出版社:河出書房新社
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