今週はこれを読め! ミステリー編

 小説家の〈ぼく〉は毎年の恒例で長野県のY温泉を訪れた。金仙閣が定宿で、泊まるのは二階の望雲の間と決まっている。書き下ろしの長篇のために逗留をするのだが、投宿してから一週間ほど経ったある日、金仙閣に団体客が押しかけ、とても仕事どころではない騒ぎとなってしまった。

 時刻が八時を回ったころ、宿の若主人が望雲の間を訪ねてくる。聞けば金仙閣に泊まることを目的としてY温泉にやってきた客がいるのだが、生憎どこの部屋もふさがってしまった。〈ぼく〉が滞在する部屋には次の間があるので、それを貸してもらいたいというのだ。若主人が伴ってきた客は、古ぼけてヨレヨレになった背広を着た、年のころは六十七、八という老人だった。どうせ、朝まで原稿の桝目を生める作業に没頭するつもりで、迷惑を受ける気遣いもない。快く引き受けて、〈ぼく〉は机に向かった。

 深更、〈ぼく〉はその次の間から凄まじい苦悶の声が漏れてくるのを聞いた。老人は眠りながら、まるで断末魔のような声をあげているのだった。放ってもおけずに揺り起こすと、老人は「人を殺している夢」を見ていたのだと語った。彼は二十年前に若い女性を殺め、つい数日前まで刑務所に入っていたのだった----。

 その老人、尾瀬勇太郎の回想を綴った「老人の予言」は、笹沢左保の作品だ。思いもよらないところに着地して、読者を驚かせる。今から半世紀近くも前にこんな優れた着想の作品が書かれていたということに、読者は驚かされるはずだ。
 
『異形の白昼』は筒井康隆が編者を務めた恐怖小説の傑作選である。1969年に立風書房から単行本として刊行され、以来何回か、判型や版元を替えながら再刊されてきた。今回幸いにもちくま文庫入りしたので、未読の方はぜひ手にとってみていただきたい。収録順に作品の一覧を書くと、星新一「さまよう犬」、遠藤周作「蜘蛛」、小松左京「くだんのはは」、宇能鴻一郎「甘美な牢獄」、結城昌治「孤独なカラス」、眉村卓「仕事ください」、筒井康隆「母子像」、生島治郎「頭の中の昏い唄」、曾野綾子「長い暗い冬」、笹沢左保の前掲短篇に、都筑道夫「闇の儀式」、吉行淳之介「追跡者」、戸川昌子「緋の堕胎」である。

 星新一や吉行淳之介のようにごく短いものから、戸川昌子のように中篇といっていいほどの長さのものまで、作品の形はさまざまだ。戸川昌子はエロスとタナトスの融合した境地を描かせたら右に出るもののいないほどの名手だが、この「緋の堕胎」も凄絶な作品である。冒頭近くで堕胎医が妊娠五、六ヶ月の胎児を処理する場面などは身も蓋もないリアリズムに、読みながら寒気までしてきた。「生れてきた胎児はヒクヒクとかぼそい泣き声をあげる」で始まる段落を平然と読める人は稀だろう(というか、そういう人とはあまりお友達になりたくない。怖いから)。作品としては恐怖小説の文脈からは外れるものだが、編集後記の筒井ではないが「まったく女流作家という人種は(注:私ではなくて筒井康隆がそう言っているのです)どうしてこんな怖い残酷な話を平気で書けるのだろう。いやその前に、いったいこんな物語を、どうやって作りあげることができたのだろう」と嘆息したくもなるというものである。
 
 その他も傑作揃い。この手のテーマの古典である小松「くだんのはは」や、変形のドッペルゲンガー譚の眉村「仕事ください」(途方もない落ちに唖然とさせられる)、ひたすら気味の悪い遠藤「蜘蛛」など、さまざまな異変の形が揃えられており、ありとあらゆる手でこちらを怖がらせてくれる。旧作ではあるが、絶対に読み逃せない作品集だ。静かな夜に、一人で震えながらページを繰ることをお薦めします。

(杉江松恋)



『異形の白昼 恐怖小説集 (ちくま文庫 つ 19-2)』
 著者:
 出版社:筑摩書房
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