2020年夏季五輪の開催都市に東京が決まった。投票後、東京招致委理事長の竹田恒和・日本オリンピック委員会(JOC)会長は興奮気味だった。

「本当にうれしかったですね。ドキドキしながら、結果を見ていました。みんなで東京招致を何とか成功させようと頑張った努力の成果だと思います。どの人の努力が欠けていても、招致成功はなかったと思います」

 つまりは『総合力』の勝利だった。舞台裏をのぞけば、綿密な開催計画を練り上げたあと、竹田会長を中心とした無数の人々がしつこく丁寧にIOC委員を説得していった。

 スポーツ界だけでなく、政界も、財界も、そして皇室もがロビー活動に参加した。最終プレゼンテーションで勝利のカギのひとつとなった安倍晋三首相の「福島第一原発の汚染水漏れ」に対する真摯な発言も、東京シンパのIOC委員からアドバイスを受けたものだった。

 ブエノスアイレス。投票前日、招致委幹部の票読みでは東京は「40から45」だった。マドリードが「30から35」、イスタンブールは「10から15」だったという。

 この東京優位の数字の根拠は、「今までの蓄積」(猪瀬直樹東京都知事)だった。国際陸上連盟(IAAF)のラミン・ディアックIOC委員(セネガル)と友好関係を築いたことで、アフリカ大陸のIOC票(12票)をほとんど抑える見通しがついていた。

 さらには次期会長の最有力候補のトーマス・バッハ(ドイツ)の支援もとりつけたことで、ライバルの大票田(44票)であるヨーロッパ票も切り崩した。このほか、オセアニアの6票をほぼ確保し、苦戦必至だったアジアの票(22票=投票権のない竹田会長を除く)も傷口を広げずに済むことになった。

 1回目の得票は予定どおりの、「42票」だった。ただ、最終結果が出るまで、途中で得票数はわからない。ここでイスタンブールとマドリードが同数の26票となり、決選投票への進出をかけたタイブレークが実施されイスタンブールが競り勝つ。有力候補のマドリードが1回目で落ちることになった。

 最後は50票近くまで票を伸ばして競り勝つストーリーだった。招致委の水野正人専務理事が思い出す。

「最後の最後まで勝つとは思えなかった。最初の投票で東京がトップで抜けたのはいいけれど、(マドリードとイスタンブールの)同数というのが、30くらいかなと思っていた。そうすると、決選投票はどうなるかわからなくなる」

 だが、実際の票数はもっと少なかった。なぜ追い風が吹いていたのに、マドリードが減速したのか。あるIOC委員は「おごりに反感を抱いた」と説明してくれた。最終プレゼンテーションで長年会長を務めていた故サマランチ会長をアピールしたのも逆効果になったようだ。つまりは戦略ミスだった。

 決選投票は、東京60、イスタンブール36だった。予想外の圧勝である。マドリード敗退後の票の囲い込みの戦略がよかったからだった。東京招致委としては、森喜朗元首相らが中南米を訪問し、IOC委員との信頼関係を築いていたことも奏功した。

 結果、マドリードが強い中南米の票(12票)のほとんどが東京に回ってきたようだ。スペインの3人のIOC委員の票も東京がもらうことになっていた。加えて、招致レース終盤のイスタンブールのなりふり構わないロビイングが反感を招いた可能性もある。

 さらに、東京は最終プレゼンの出来がよかった。高円宮妃久子さまの感謝のスピーチから、被災地(気仙沼市)出身でパラリンピアンの佐藤真選手の情感あふれるプレゼン、安倍晋三首相による「汚染水問題」の不安の払しょく……。これらがIOC委員の心に伝わったようだ。

 ロビイングの中心人物は言う。

「敵失もあったけれど、東京の汚染水問題の打ち消し方がよかった。ソチ五輪とリオデジャネイロ五輪の準備が遅れていることも、確実な運営能力を誇る東京にプラスに働いた。世界各地からまんべんなく票を獲ることができたことが大きい。東京の本気度が勝った」

 そういえば、開催地決定の夜の東京祝勝会にはIAAFのディアックIOC委員のにこやかな笑顔もあった。IOC委員と太いきずなを築いての「東京圧勝」だったのである。

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