5年前、まだ17歳のデバインと私の息子。ちょっとお似合いのツーショットだ【撮影/志賀和民】

写真拡大

フィリピン在住17年。元・フィリピン退職庁(PRA)ジャパンデスクで、現在は「退職者のためのなんでも相談所」を運営する志賀さん。今回は、自ら大学に通いながら、日々スーパーで働き、高校生の妹を養っている美少女・デバインの奮闘記です。

 ホリーウイークHoly Week(聖週間)の休暇でタバコ市の農場を訪れた折、空港のあるレガスピ市のカーネル(私の仕事の相棒ジェーンの夫)の実家に泊まった。せっかくの機会なので、夕食をとりにレガスピ港の脇にできた新しいモール(イン・バルカデロ・デ・レガスピ)に出かけた。そこに入っているファストフード店INASAL(イナサール)で、今回の話の主人公デバインが働いているのだ。

 私は2002年にレガスピ近郊のタバコ市に農地を購入し、終の棲家としてそこに農場と住居を建設した。そのとき、もっぱら私の食事の世話をしてくれたのがデバインだ。

 彼女は当時12歳だったが、すでに顔も身体も大人で、男心をくすぐるものを持っていた。インド人との混血で(当時はアメリカ人との混血と聞いていたが、その後インド人であることが判明)、大きな目と整った顔つきのかなりの美形だった。しかし今回久しぶりに会ったら、まだ若干21歳なのにかなりの重量級になっていて、ダイエットを強く勧めておいた。

美形ゆえに、たらい回しに

 彼女の母親はジェーンのいとこで、若いときからパロパロ(浮気もの、元は蝶々の意味)で結婚前から異なる国籍のボーイフレンドの子どもをつくりつづけた。その挙句にフィリピン人と結婚したら、それまでつくった子どもの面倒を見られなくなり、しかもその頃お祖母さんが亡くなって、デバインは親戚をたらい回しにされる羽目になってしまった。

 しかも行く先々で、預かった家の亭主どもがその美形をちやほやするので、女房たちがやきもちを焼いて追い出されてしまう。フィリピンでは再婚した妻の連れ子の女の子が成長すると、亭主が無理やり手篭めにしてしまうということがまかり通っているそうで、義理の父親とて油断できない存在なのだ。ましてや妻の親戚の子どもとなったらよその女と同じで、妻たちのやきもちはもっともなことなのだ。

 そんなデバインの行きついた先が、我が農場だ。そこでジェーンの母親(マミー)に面倒を見てもらいながら、ハイスクールと専門学校を終えた。私は2003年からの1年半を農場で彼女と過ごしたが、そのころ彼女はハイスクールの学生だった。

 農場で生活していた頃、デバインはなにかと頼りにされ、私がマミーに何か頼んだり聞いたりすると、次の言葉はきまって「デバイ〜ン」。ちょっと小言を言うと「デバイン・カセ」と彼女のせいにされ、それでも何一つ文句を言わず大きな家と農場を走り回っていた。

 農場で現在、その役割を担っているのがビアンカだ。彼女はすでに16歳と推定されるが立派な少女に育っている。

 今は年に数回農場を訪れる程度だが、そのときいちばん頼りになるのがビアンカで、家の中のことなら何でも知っており、農場の欠かせない人材になっている。現在ハイスクールの3年を終えたところで、あと1年で大学進学だ。もっとも13人の甥や姪を抱えるジェーンに私立に行かせる余裕はないから、ビコール国立大学に入学できたらOKだが、それがダメなら専門学校で何か手に職をつけさせることなっているそうだ(ビアンカの物語はこちら)。

続きはこちら(ダイヤモンド・オンラインへの会員登録が必要な場合があります)