『風に吹かれて』(鈴木敏夫/中央公論新社)
渋谷陽一による鈴木敏夫プロデューサーインタビュー。鈴木敏夫から見た宮崎駿監督、高畑勲監督がめちゃくちゃ楽しい。この三人の青春記であり、プロデューサーと監督の死闘の記録でもある。オススメ。

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「『風立ちぬ』を最後に宮崎駿監督は引退することを決めました」
スタジオジブリの星野康二社長が、第70回ベネチア国際映画祭公式会見で発言した。
しかも、9月6日に記者会見をすることになっている。
14時からニコニコ生放送でネット生中継される。
また、日本テレビ「金曜ロードSHOW!」は、急遽「紅の豚」にプログラムを変更。
宮崎駿監督が引退する!?
とはいえ、ファンにとっては「またか」ではある。
宮崎駿監督は、たびたび引退すると言っている印象がある。

たとえば、2002年、筑紫哲也がインタビューのときにこう言っている。
「宮崎さんに会うたびに、映画を作るのはこれで最後だ、最後だと聞いてきたけど、次の作品の話をしてるみたいですね」(宮崎駿『折り返し点』P286)

そうなのだ。宮崎駿監督は「これが最後だ、もう作らない」というような発言を繰り返している。
1984年、ロマンアルバム『風の谷のナウシカ』に掲載されたインタビューでこう言っている。
「いまはボケてますからね、何もやりたくないと思うばっかりで……ロマンアルバムの表紙も描いてないし(大爆笑)」(宮崎駿『出発点』P476)

鈴木敏夫プロデューサーの証言。
「『風の谷のナウシカ』が完成した時、宮崎駿は「もう二度と監督はやらない。友達を失うのはもう嫌だ」と宣言しました」(『ジブリの教科書2天空の城ラピュタ』P48)
『風の谷のナウシカ』が完成して、制作会社トップクラフトに元からいたスタッフが辞表を出す事件が起きるのだ。
「トップクラフトは、『ナウシカ』をつくることによって実質的には消滅してしまいました。…そういうことでいうと、やっぱり作品づくりっていうのはそういう厳しいものなんだなっていうことを思い知らされました」(鈴木敏夫『風に吹かれて』P119)

もう少し宮崎駿監督の「もう作れない」発言を追ってみよう。

『魔女の宅急便』の完成直前、漫画家ささやななえとの対談で。
「監督業としても、本人がやる気になっても、僕もあと一本できるかどうか、自信がありません」(『キネマ旬報1989年8月上旬号』P47)

『もののけ姫』に関する質問の最後に、「今後、何か新しいプロジェクトは考えてらっしゃいますか?」と問われて。
「考えていますけど、自分の体力と相談しながら「お前、まだ出来るのか?」って自分に聞かなきゃならないですからね。でも歳をとればとるほど、本当はどんどん出来なくなっていくはずなのに、どんどんやりたくなる(笑)。そういうことに気を付けようとは思っています」(宮崎駿『折り返し点』P113)

映画評論家ロジャー・イーバートによるインタビューで。
「僕はいつもその作品が最後だと思って、作っている人間なんですけども、ただ、自分の年齢で前と同じような作業をすることはやはり現実的に不可能です。ですから、そうじゃない作業の仕方で監督をやることを、スタッフが許してくれるなら、まだ作ってみたい作品はいくつか持っています」(宮崎駿『折り返し点』P227)

こうやって読んでいくと、しかも前後の文脈を見ていくと、「引退する」と明確に言ってるわけではない。

いや、それどころか、こう発言しているときもある。
徳間社長が「宮崎駿監督の引退撤回、次回作は……」と語っていらっしゃいましたが、と問われて。
「だいたい、引退を宣言したことがないので、撤回しようがないんですが(笑)、リタイアできたらという願いはいつもあります。ただ、どのみち今までと同じような方法では、もう限界で仕事はできません。アニメーターとして監督をやって来た自分は終わりと言っただけなんです」(宮崎駿『折り返し点』P175)

といいながら、四年後、「千と千尋の神隠し」の完成報告記者会見ではこう言っている。
「四年前に引退すると言った人間がまた出てきまして……」(宮崎駿『折り返し点』P243)

今後の予定を聞かれて。
「長編はほんとうにもう無理ですね、体力的に。無理だと思っていてやれたから、ほんとに幸せだと思ってますけれども」(宮崎駿『折り返し点』P254)

だが、もちろん宮崎駿監督は作る。2005年『ハウルの動く城』だ。
「やっぱり引退するんだったら『もののけ』の後でしたね。そうすればいろんなことを新しく始められたと思うんです(笑)。第二の人生はなるべく早く始めなきゃ駄目です。リタイアのチャンスはあの時だったな」(宮崎駿『折り返し点』P379)

ポニョのインタビューでは、こんなことも言っている。
「だけど……いつもこれが最後だって言ってるから。これが最後の作品だってもう『狼が来た』みたいなもので言えなくなってしまたんですよ」(『CUT2008年9月号』P26)

もちろん、宮崎駿監督がいい加減な気持ちで答えてるわけじゃないだろう。
鈴木敏夫プロデューサーが言うように、毎回、全身全霊でつくるので、完成直後は、ヘロヘロなのだ。「これで終わりだ」と思っている。でも、また作りたいと思うのだ。

公開中の『風立ちぬ』についてのインタビューで、宮崎駿監督は「つぎ」についてこう答えている。
「まあ、毎回最後だと思っているんですけど。僕は『もののけ姫』の時も最後だと思ったし、もう毎回最後だと思うんだけど、今回はねぇ、ちょっと違うんじゃないかと自分で思ってますけど。そんなこと言い張ってもどうせ信用しないから、言わないですけど」(『CUT2008年9月号』P26)

『コミックボックス1988年7月号』のインタビューに、この矛盾した気持ちがよく現れている場面がある。
まず(『となりのトトロ』で演出監督として)「一回ピリオドを打とうという風には思ってます」と言って、聞き手が「えっ、じゃあ、監督やめちゃう…!?」と驚くと、「いや別に…そういう風に思っているだけですよ」と答え、「『トトロ』やった前提で次ぎにいけるものを自分がしっかりつかまない限り、やってもしょうがない……」に軟化し、「監督続けたいとは特に思ってないから。どうしてもやりたい物が出てきたらやらせろっていう風にわめくかもしれないけど」と言いはじめる。

そうなのだ。これまでの「引退」発言は、「作りたい」でも「もう無理」という矛盾した気持ちから湧き出てきたものを「引退」と解釈したものだった。
だが、今回の発表は違う。
わざわざ引退を宣言する必要がないのに、記者会見を開く、という。
しかも、「引退を決意した」と発言したのはジブリの社長だ。

推測だが、ジブリそのものの組織体制を変えるのではないか。
現在、ジブリの従業員数は300。
この数を社員として維持していくには、宮崎駿監督の長編大ヒット作品が望まれる。
だが、いつまでも、それを続けるのは無理だ。
スタジオジブリ:会社案内・募集情報によると、2013年度、2014年度の研修生募集は見送られている。

鈴木敏夫は、インタビューでこう答えている。
「だって、宮崎駿作品を作るために作った会社なんですよ。だから彼が終われば、ジブリも終わる」(鈴木敏夫『風に吹かれて』P315)

とはいえ、宮崎駿監督が「監督を辞める」なんてことは、考えにくい。
「監督を引退する」なんてできやしないのだ。
宮崎駿本人もこう言っている。
「映画監督ってね、一回なると、ずっと映画監督なんですよ。「前映画監督」とか「元映画監督」とかないでしょう?」(宮崎駿『折り返し点』P380)

「この歳になると劇場長編映画は無理だから」といった発言も何度かしている。今後はジブリ美術館で公開する作品を作るのではないか。

だが『紅の豚』は、最初は短編として作られる予定が、鈴木敏夫プロデューサーとあれこれやってるうちに長編化してしまった。
『となりのトトロ』は最初60分の予定だった。同時上映の『火垂るの墓』が88分にのびると聞いて、対抗心に燃えてトトロも長くなった。
「高畑作品八八分に対して、宮崎駿は八六分で作るんです。「二分でも短けりゃ誉められるだろ」と。あれは、どういう意味だったんでしょうね。いまだにわかりません(笑)」(『ジブリの教科書3となりのトトロ』P51)

もうひとつ推測したい。
今回の「引退」は、鈴木敏夫プロデューサーが、宮崎駿監督に、もっと自由に作ってもらいたいと願うからではないか。
『風に吹かれて』は、鈴木敏夫がプロデューサーとして、宮崎駿監督・高畑勲監督のふたりと、どのように関係を切り結んできたかを描いたインタビュー本だ(めちゃくちゃ面白い)。
その中で、鈴木敏夫は、作品に何度も介入していることを告白する。
たとえば『ポニョ』の後半は、彼岸の世界にいる人の描写がものすごく長かった。
「じじいとばばあが集まって、かごめかごめが延々続くんですよ。だから僕は、老人のつくった映画だと思った」(鈴木敏夫『風に吹かれて』P217)
だから、鈴木敏夫は身を挺してそれを止める。
だけど、彼は悩むのだ。「作家ってなんだろうなって」
ナウシカのエンディングも違っていた。
「ナウシカのあのラストはあれでよかったのかとかね。なんていったって宮さんは、王蟲の突進の前にナウシカが降り立ってそれで終わり。それでよかったのかなとかね、いまだによみがえるんです」(鈴木敏夫『風に吹かれて』P227)
『魔女の宅急便』も、ケーキを届けたところで終わりだった。
“観客にもっと提供しなければならないものがある、と進言して、飛行船遭難の話が追加された。”(片淵須直「β運動の岸辺で」第47回)
メインスタッフも反対し、それで宮崎駿監督も迷うなか、鈴木敏夫はスタッフを説得する。
「これはサービスだと」「宮さんは活劇が得意。絶対におもしろくなるに違いないって。それで付け加えることになったんですよ」(鈴木敏夫『風に吹かれて』P349)

『風立ちぬ』のラストも違っていたそうだ。
「三人とも死んでいるんです。それで最後に『生きて』っていうでしょう。あれ、最初は『来て』だったんです。これ、悩んだんですよ。つまりカプローニと二郎は死んでいて煉獄にいるんですよ。そうすると、その『来て』で行こうとする。そのときにカプローニが、『おいしいワインがあるんだ。それを飲んでから行け』って。そういうラストだったんですよ。それを今のかたちに変えるんですね。さて、どっちがよかったんですかね」(鈴木敏夫『風に吹かれて』P219)
プロデューサーとして正しい。今のエンディングのほうがヒットする。
でも、鈴木敏夫は悩むのだ。
宮崎駿監督が考えていたラストのほうが良かったのではないか、と。
「それ、誰も描いたことがないもので。日本人の死生観と違うんですよ。そこが面白い」
さらに、こうも言う。
「もしやっていたら、いろんな人に影響を与えたかもしれないんですよ。それだけで一本の話をつくる人が出たかもしれない」(鈴木敏夫『風に吹かれて』P228)
プロデューサーとしては、違うエンディングを望む。
だが、その一方で、鈴木敏夫は、自分が止めた幻のエンディングを見たかったのではないか。
「巨大化したジブリを支えるための大ヒット作品」という枷を外して、もっと自由に作る宮崎駿を見たいのではないか。

(やりたいものはあるんだけど)「頭の中に浮かんでくるのがみんな商売に関係ない話ばっかりなんですよね。本当に困るんですよ」(『CUT2008年9月号』P26)

6日の「宮崎駿監督引退会見」は、宮崎駿監督と、ジブリが、次のステージに進むための会見であり、監督を引退するのではなく、あくまでも劇場大作の監督を引退するだけである。それが、ぼくの推測であり、望みだ。

「次の映画でも作らない限り、その呪いから逃れられないんですよ。本当にそうなんです。次の作品を作らないと、二年も三年も平気で後ろからくっついてきますから」(宮崎駿『折り返し点』P387)
(米光一成)