バンコクの日本語情報誌『DACO』の発行人、沼舘幹夫さんは在タイ25年。その沼館さんがバンコクで出くわした「忘れられない1日」を回想します。

午後7時半、携帯電話が鳴った

 中山和夫さん(仮名)という3年越しでつきあっていた仕事仲間がいた。フリーのデザイナーで、当時45歳。よく朝方まで飲み明かした。

 仕事中の集中力は恐ろしいぐらいだったが、その日の予定が終了すると、右手でおちょこを持つふりをしてこっちの目をみてニッと笑いながら、その手をクイッと口元にもってゆくのが常だった。

 土曜日午後7時半。事務所にいたのは日本人スタッフの和美(仮名)と私だけ。携帯が鳴った。中山さんからだ。

 きっとこれから飲みに行こうって話だろう。こちらも別件で、これからイタリアンレストランで他のスタッフと合流するところだった。

「はいはい、中山さん。なーに?」

「あうううおおおはぁぁぁ、はぁ、はぁ、ああああああああ」

「どうしたんですか? また変な声出して」

 ふざけているのかと思った。

「うううううらららああああっ、らぁうううやああああああ」

 酔っ払っているにしては様子がおかしい。脳溢血か!

「中山さん! しゃべれないんだね! そうだね! 今、アパート? 家?」

「い、いいいいいいいい。い、いっ。あぁあぁ」

 家なら小学校2年の娘さんが同居しているはずだ。

「中山さん、マミちゃん(仮名)いる!? 代わって。マミちゃんに代わって! わかる!」

「……もしもし」

 マミちゃんがいた。

「マミちゃん、パパどうしたんだ!」

「あのね、パパね、テーブルから落ちた携帯電話を拾おうとしてかがんだら、そのまま椅子から倒れて、口からブクブク泡を出しているの」

 感情が消し去られた声で、マミちゃんが応えた。

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