『ホリイのずんずん調査 かつて誰も調べなかった100の謎』堀井憲一郎/文藝春秋

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ホリイの、
ずんずん調査ー!

あー、週刊文春から「ホリイのずんずん調査」連載がなくなって、もう2年も経つのか。

「ホリイのずんずん調査」とは、ライター・堀井憲一郎によって1995年4月から2011年6月まで、足かけ17年にわたって続けられた連載で、総回数は792回に達する。その選集が出た。『ホリイのずんずん調査 かつて誰も調べなかった100の謎』である。

タイトルがすべてを表しており、堀井憲一郎が疑問を感じたことを「ずんずん調査」してその結果を報告するというものであった。記念すべき第1回のテーマは「バットをもっとも遠くに放り投げるプロ野球選手は誰?」である。
このときの調査結果では広沢克己(巨人・当時)が12.33mで最長であった(2打席以上バットを飛ばした打者の平均)。12.33mって結構長い。このときの計測は、堀井が試合を観戦し(1995年4月16日。巨人×阪神戦。於東京ドーム)、選手がバットを投げた際の写真を撮影して、後から距離を割り出したという。
「もっとも遠くに放り投げるプロ野球選手」というタイトルではあるが、別にプロ球団の全選手を調査したわけではなかった。そして、観た試合も1試合だけだった。

つまり、あくまで「堀井憲一郎の身辺においては」という但し書きがつく「ずんずん調査」だったのである。「ずんずん調査」の前身にあたる他誌連載のころはそういう感じだったと思う(「週刊漫画アクション」「TVブロス」など。一部がホリイの調査』という本にまとめられている)。
「ずんずん調査」初期もそんな感じだった。ちなみに第2回のテーマは「ホリイは1分15秒ごとに発情する」だった。街を歩いて女性を見かけた際、自分が欲情するか否かについて調べた回である。これ、調査というか、自分自身の記録をとっただけだな。

第3回は「ツッコミが早いのはナインティナインの矢部くん」で、バラエティ番組に出てくるコンビがボケ役に対してツッコミが何秒で返すかを調べたものである。記録は「ぐるぐるナインティナイン」の矢部浩之が、平均秒数(0秒68)最短突っ込み時間(0秒32)で二冠王であった(「ガキの使い」の浜田雅功はそれぞれ1秒28/0秒55)。このへんから、「全部調べる」という「ずんずん調査」の特徴が出始めた。
第4・5回は「『フォレスト・ガンプ』で笑う街と笑わない街」で(2回連続だった)、映画館に行って40個ある『フォレスト・ガンプ』のギャグで観客がどの程度笑うか、東京、埼玉、群馬、京都、大阪の計9ヶ所で調査している。連載4回目にして「全国規模で」という要素が入ってきた。

全盛期の「ずんずん調査」は、これがすごかったのである。堀井憲一郎が関心を持ったことについて、それがどんなくだらないことであっても惜しまず戦力を投入し(当然だが堀井1人では調査できるわけがないので、アルバイトを雇っている)、すべてを人力で数える。この「人力で」の部分がたいへんで、連載第42回の「テレビでやってるテレフォンショッピングのすべて」では民放5局が1週間で流すテレフォンショッピングのCMを全部数えている(まだデジタル地上波はなかった)。17時間×5局×7日の595時間をすべて観て調べたわけである。このときはアルバイトを8人投入して、のべ339時間がかかったという。
すごい労力でしょ?

当時、私はまだ駆け出しもいいところのライターだったが、堀井憲一郎が眩しかった。8人をのべ339時間! どれだけ人を雇う金があるんだ、という話である。仮に時給が千円だとするとかかった額は339千円。約34万円である。1ページの本にどれだけかけているんだ、という話である。すごいすごいすごい! 週刊文春は金持ちだなあ、いつかあそこで連載をしてみたいなあ、と思った28歳の春でございましたよ(だいたいそんな年だった)。

ここで1つお断りせねばならないことがある。
いままで紹介した初期「ずんずん調査」の回は、今度出た選集には「入っていない」。

ええーっ!

読めないものをわざわざ書いたのか!

「知ってる」自慢か!

まあまあ。
「ホリイのずんずん調査」がどんな風に連載開始したかを書きたくて、ついやってしまいました。ご安心を、連載初期の「ずんずん調査」(46回まで。2回収録されていない回がある)『この役立たず! ホリイのずんずん調査』という単行本にまとまっているのでそちらで読んでください。古書店とか、図書館にはあるはずです。

今回の『かつて誰も調べなかった100の謎』は、全792回もある連載を1冊の選集にまとめているので、え、これが? という回が収録されていないという欠点がある。

たとえば、堀井は1999年8月から2001年8月までの1年間をかけて定期的に「東海道五十三次を実際に歩いてみたところ」という試みをしていた。連載では20回以上を「東海道五十三次」にかけていたはずなのだが、最後の1回分しか収録されていない。これ、もったいないです。音楽で言うと、モーリス・ラヴェルの「ボレロ」をシンバルがジャーンと鳴ったところから聴くようなものだ。その前の盛り上がりが楽しいのに。そういえば、東海道を実際に歩いてみたという連載が本にまとまったのをどこかで読んだような……とステマっぽく書いてみましたが、はい、自分の本です。ライターの藤田香織といっしょに492kmを歩いて1冊の本にまとめました。『東海道でしょう!』という本です。

告白すると、この『東海道でしょう!』を書いたのにも堀井憲一郎の影響があった。堀井が自身の東海道歩きの経験を「1日30km歩くつもりなら名所なんか見学している時間はない」などと書いているのを読んで、ふーん、と思ったのが企画を始める前の頭のどこかにあった記憶がある。私は30kmなんて歩けなかったけどね。

話は逸れたが、そんな風に各名物企画のおいしいところ、上澄みだけをすくってこの本は作られている。いわゆるベスト・アルバムである。私のようなマニアックな読者としては、実はそこが物足りない。けちけちしないで全部見せてくれよう! と思うのである。けちけちしているわけじゃないんだろうけどね。

連載初期の回をまとめた『この役立たず!』を読むと、データ処理が問題だったのかな、という気もしてくる。B5サイズの週刊文春に載せられるデータ表は、単行本にしたら小さすぎるのである。かといって単行本に載せる表を毎回作っておくわけにもいかない。そういう小さな「めんどくさい」が積もり積もって、とうとう792回のほとんどが単行本化されないままで現在まできてしまった。そういう事情だったんじゃないかな。夏休みの宿題状態。そういえばこれを読んでいる(かもしれない)小中学生のみなさんは、夏休みの宿題はちゃんと終わりましたか? 「ずんずん調査」では「まさか8月31日までに夏休みの宿題を終えてましたか」という回があって、これは今回の選集にも入っている。夏休みの宿題をやりながら読んでみてください。いや、終わってからにしろ。

今回の選集はそんなわけで1/8「ずんずん調査」なのである。「1/8計画」というのが『ウルトラQ』にありましたね。金城哲夫脚本だ。週刊文春時代からの「ずんずん調査」ファンには物足りないかもしれないが、これまで紹介してきたことでもわかるとおり、抜群におもしろいからみんな買おう。そうすればいつか、完全版が出るかもしれないしな。
100本の「ずんずん」の中から、私のお気に入り10本を紹介しておく。順位はなし、ということで。

「松島5時宮嶋12時天橋立18時と日本三景を一日でまわる」
文字通り。どんなことでも試してみて実行すれば笑えるネタになるといういい見本だ。

「当選して自分もバンザイしちゃう「のたり」な議員連中一覧」
これは説明してもおもしろくないので実際に読んでもらいたい。「のたり」とはちばてつや『のたり松太郎』のことである。

「日本人にもっともよく覚えられている年号は「1192年」である」
タイトル通りの調査で、「いい国作ろう鎌倉幕府」がいちばんというのは非常に納得できる。こういう「日本人の傾向」ネタは昔あった『トリビアの泉』の「トリビアの種」を思わせるのだが、だいぶあっちにパクられている気がする。

「出前を頼んだら届けてくれる蕎麦屋の話」
「堀井憲一郎の極私的なことを調べる」シリーズの1つ。高田馬場の仕事場付近で出前をとったら何秒で到着するか、というネタ。中華丼と肉ニラ炒めライスの注文で6分17秒というのは信じられないくらい早い。

「吉野家の「つゆだく」が許せなくて154店食べ歩いた話」
連載中に読んで、おおおおおっ、と感動した回。私はこれで堀井憲一郎のファンになったように思う。。

「寿司を「1カン」と数えだしたのは平成にはいってからである」
「ニセの常識を疑う」シリーズ。たしかに子供のころ「1カン」なんて言っている人はいなかったと思うが、それは自分が貧乏で寿司なんて食べられなかったからかと思っていた。雑誌のグルメ特集が捏造した偽史らしいです。

「携帯電話がいつ普及したのかを恋愛ドラマから見てみる」
月9ドラマを観て、登場人物が携帯電話を使っているかどうかを調べている。ちなみに携帯電話全盛期は1997年の「ラブ ジェネレーション」から始まるらしい。

「七年かけて一万席聞いても掛からなかった「落語のネタ」」
今や、ほぼ毎日落語を聴きに行っている人、になった堀井ならではの調査で、これは芸能史的に見ても興味深い。

「1983年に「クリスマス・ファシズム」が始まってしまった」
つまり1982年より前には恋人たちのイベントとしてさほど重視されていなかったということである。すごい調査だと思うのだが、あまり反響がなかったそうで、堀井は後にこのネタを膨らませて『若者殺しの時代』という本を書くことになる。

「新書だけを書いて印税生活が可能なのか試算してみる」
これまたタイトルどおりの内容で、ライターの内幕暴露ものとしておもしろい。堀井は2000年代に入って精力的に新書を出すようになるのだが、その前段階でこういう胸算用をしていたわけである。

以上です、キャップ。
ちなみに最初のほうに書いたアルバイト問題は、本書に収録されている「「全局のアナウンサーが映ってる時間」を調べるという恐ろしい調査」の回があまりに経費がかさみすぎて(1つのネタに、のべ1000時間使ってしまったらしい。時給千円とすると100万円!)、以降はほぼ定額制になった由。ということは足が出た場合の経費はおそらく、堀井本人が払っていたことになる。恐ろしい連載だ。えーと、全792回でだいたい700回ぐらいが定額制になっていたわけで、週刊誌のコラムだと1回の原稿料が……と計算し始めたところで字数が無くなった。以降は自分で調査!
(杉江松恋)