今週はこれを読め! SF編

 スチームパンクが全世界的なブームなのだという。スチームパンクとは何か? ヴィクトリア朝英国や開拓時代アメリカ西部などを舞台に、蒸気機関、ゼンマイ仕掛け、機械式計算機、飛行船、潜水艦などのレトロなガジェットをふんだんに盛りこんだ空想冒険物語で、しばしばコルセットやパラソルや飛行服などの意匠や、マッドサイエンティスト、ゾンビ、吸血鬼などの配役が彩りを添える。----というのは、ざっくりすぎるまとめであって、実際のヴァリエーションはきわめて多岐におよぶ。しかも小説や映画にとどまらず、ファッション、音楽、アート、イベントなども横断する広範な文化現象となっている。スチームパンクという名称そのものは、1980年代半ばにSF作家のジェイムズ・P・ブレイロックやティム・パワーズがサイバーパンクをもじった洒落で言いだしたのだが、もはやその起源を顧みられることはほとんどない。



 ほんとうは元祖スチームパンク組のブレイロックやパワーズのほうが面白そうなのでそちらを優先して紹介してほしいのだが、なにごとも話題性が大事な出版界、新しいほうのスチームパンクがこのところよく翻訳されている。たとえば、ゲイル・キャリガー《英国パラソル奇譚》、スコット・ウエスターフェルド《リヴァイアサン》三部作、シェリー・プリースト『ボーンシェイカー』(いずれも早川書房)など。本書『革命の倫敦(ロンドン)』はその最新刊にして、いよいよ真打ち登場といった観がある。



 特筆すべきはその思いきりのよさだ。先行作品からのネタ借用はスチームパンクの常套手管だが、この作品はそれが臆面もなくこれでもかとばかりのメガ盛り。シャーロック・ホームズやクトゥルー神話といった定番中の定番から、フィリップ・K・ディックやカート・ヴォネガットなどコアなファン好みまで縦横無尽。ブレイロック&パワーズへの敬意をこめた目配せもあって嬉しい。



 主人公がオーファン(孤児)とだけ呼ばれる青年詩人で、テムズ河畔のウォータールー橋のたもとで仲の良い老人ギルガメッシュと会話をする場面からはじまり、やがて恋人ルーシーを助けるため大きな陰謀に敢然と立ちむかっていく。それこそ古き良き新聞連載の大衆小説みたいだが、そのあたり作者はちゃっかり計算しているのだろう。なにかにつけてオーファンが意識を失い、ハッと気づくと状況が急展開しているのがオカシイ。いい塩梅にチープだ。



 ことの発端は、火星探査機打ちあげ妨害の爆破事件だった。探査機は首相モリアティが計画したものだったが、これがブックマンと呼ばれるテロリストの標的にされる。この騒動にルーシーが巻きこまれたのだ。オーファンはルーシーを取り戻す(甦らせる?)ため、ブックマンの謎を追う。途中ジュール・ヴェルヌと一緒にノーチラス号に乗船したりと楽しいエピソードもあるが、おおむね背筋が寒くなる方向へと話が進む。徐々に見えてくるのは、世界の背後で繰り広げられる暗闘だ。政治的なそれではなく、もっと根深い種族間の鍔迫り合い。蜥蜴族(ヴィクトリア女王もその一族だ)、バイロン卿をはじめとする機械人間(シミュラクラ)、これまた異形の存在らしいブックマン、それぞれの思惑が複雑に交錯している。



 そしてオーファンの運命。当初は偶然の行きがかりで異形の者たちの抗争に関わってしまったと思っていたのだが、核心にたどりついたとき、自分がもともと重要なカギを握っていたことに気づく。いわば大衆娯楽小説の得意技である貴種流離譚なのだが、たんに物語を盛りあげる効果にとどまらず、じょうずにSFの大仕掛けへと結びつけている。テイストはまるで違うけれど、ちょっとクラーク『都市と星』のクライマックスを思いだして胸が躍りました。



 ちなみに本書『革命の倫敦』は、《ブックマン秘史》三部作の第一巻にあたる。第二巻、第三巻も順次邦訳される予定だ。



(牧眞司)




『革命の倫敦(ロンドン) (ブックマン秘史1)』
 著者:ラヴィ・ティドハー
 出版社:早川書房
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