『劇場版 あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』上映初日はびっちり超満員。会場から聞ける「泣く」「泣かない」の声がおもろいなあと感じると同時に、ゆきあつのシーンで笑い声も。もう笑わないでやってくれよ! 総集編といえども総集編ではない、後日談映画です。

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あのさあ、『劇場版 あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』の来場者特典が「泣いてもいいんだよティッシュボックス」とかさ、そういうのやなんだよ!
「試写会で83%が泣いた」とか、そういうの! やなんだよ!
「泣ける」とか「感動作」とかついてる映画がすごい苦手なぼくです。こんにちは。
だってさ、先に言わないでくれよ!って思うじゃん。それなら意地でも泣かないからねふざけるな!ってなるじゃん。
よし勝負だ。『あの花』の映画を見て泣かなかったらぼくの勝ちだからな。ほこたて。

開始5秒で負けました。

いや、これは作りがずるいよ。
これは、作品に出てくるキャラと「再会」する映画なんだもんなあ。
切なさとか悲しさとかじゃない、懐かしさでこみ上げる物がある作りなんだもん。
そうきたか。そっちはガードしてなかったからなあ。

舞台は、TVアニメの一年後の世界。
あくまでも、再会と成長のノスタルジックをしみじみ噛みしめるための作品です。
なので本編を見てから行ってください。
見ないでもまあ、演技が面白いので楽しめなくはないですが、ちと乗り切れない映画になるかもしれません。
概要はこちら。
大人がアニメに泣かされる!『あの花』がついに映画化(Excite Bit コネタ)

そもそもこの作品、ただの総集編になるはずでした。
完全にテレビの話をつなげて、カット描き変えて、おんなじストーリーにする+めんま(本間芽衣子)視点をいれる、というのが当初のもの。
しかし、脚本の岡田麿里はそこで爆発をします。

「本筋の出来事だけ拾っていっても、『あの花』にならない。手触りやニュアンスというか、脇道の部分こそが『あの花』らしさを構成してるんだって気づいて」
「イベントに行ったときに、ファンの方々がすごく喜んでくれるのを見て、半端なものは作れないって思ったんです。単なる総集編を作ってしまったら、待ってくれてる人達への裏切り行為になると。だからもう、中華屋で飲みながら「これだ!っていうものを届けなければいけないんだ!」って叫んで(笑)」(パンフレットより)

こうして、思いっきり前後入れ替え編集され、大幅に新規パート=一年後の超平和バスターズのシーンと子供時代のシーンを追加。
めんまに対してお焚き上げをするため、それぞれが手紙を書きながら過去を振り返りつつ前に進むという形に再構成。
出来上がったものは、総集編といえばまあそうなんだけど、TV版をちゃんと見ていないとわからないという、一風変わった思い出すための映画になりました。

だから、泣けたとか泣けないとかどうでもいいんですよ。
『あの花』が好きだった人達が、その好きな作品の一年後を見ながら、思い出を刺激される映画なんですよ。キャラクター達と一緒にもう一度秘密基地に集まって、しみじみするための映画なんです。
だからこれが傑作か駄作かという点数が付けられない。
だって思い入れがある人には同窓会的な傑作ですし、思い入れのない人にはなんのことやら、ですから。

ぼくは、始まってすぐ入る秩父の背景が目に入った途端アウトだったんです。
毎週吐きそうになりながら見ていた、『あの花』。その舞台になっている秩父(注・正式には秩父が舞台とはアナウンスしていませんが、イベントや町おこしコラボは放映後に秩父で行われています)のシーンが目に入ってきて、ああ帰ってきちゃった、BD買って見た後に「これは思い入れ大きすぎてしまってまずいものだ、一旦封印するべきだろう」としまっておいた、『あの花』の世界に戻ってきてしまった。あかんもうだめだとなってしまったわけです。

『あの花』はそれぞれの居場所を模索しながら若者たちが迷走する物語。
子供の時、全員には「超平和バスターズ」という居場所ができました。その後めんまが死んだという重たい出来事に遭遇。
どうしていくのが自分に正直な状態、安心できる状態なのかわからなくなってしまい、ドロドロとした人間関係や自縄自縛の渦に落ちてしまいました。
じんたん(宿海仁太)、あなる(安城鳴子)、ゆきあつ(松雪集)、つるこ(鶴見知利子)、ぽっぽ(久川鉄道)、そしてめんま。
みんなが死ぬほど痛い思いをしながら、ちょっとずつ呪縛から解かれて、本当に居てもいい場所を見つけます。ゆきあつなんて再起不能になる寸前でしたしね。
全員の膿がブチュっと出て、心の敏感な部分が一度むき出しになるまでの話。恋愛感情も含めて、わりとまだ、かさぶたジュクジュクしてるけど。
そんな少年少女が見つけた居場所としての、子供時代の秘密基地と、広がる秩父の空。
第一話では引きこもりのじんたんが部屋でゲームをしていて、なんて息苦しい町なんだろうという状態だったのが、全員の心の解放で、とても広い空に変わりました。なにもかも脱ぎ捨てました。
その空を、でかいスクリーンでさ、見せやがってさ!
ほんといいかげんにしろよ! そりゃ「泣いてもいいんだよ」だわ。
えい悔しいな。それが見たかったんだよ。

見て欲しいのは、岡田麿里が言っていたように「脇道の部分」です。
例えばあなるがミニスカートで体育座りをするシーンがあるんですが、そこでぱんつ見えないようにスカートを手で隠すんです。
それ! あなるってそういう子だよ! 誰も見てない場所でもそういうことする!
また、あなるがカラオケである歌手の歌を歌うシーンがあるんですが、その選曲がうまい。
作品にはまっている、という意味じゃないです。あなるみたいな子(ざっくり言えばリア充)だったらその歌手大好きでしょうし、じんたんみたいな子(ざっくり言えば引きこもり)には絶対あわんだろそれ、っていう歌手なんです。
じんたんの学校の登校状態もいい。一年後彼は不登校からどう変化したのか。絶妙ですよ。
あとゆきあつが、どうでもいいシーンでドヤ顔したりしてかわいいです。ほんとかわいい。
こういうのが積み重なってこその『あの花』。

なので、この映画で一番評価できるのは泣けるかどうかより、キャラ達の細かい挙動をちゃんと盛り込んだことだと思います。
確かにグッときましたが、「泣ける映画!」とは決して言いません。
ただ、色々なフックがこれでもかと仕掛けられています。
あなるの戸惑いだったり、つるこの意外な発言だったり、小学校時代のめんまの孤独感だったり。めんまの弟だったり。めんまのお母さんだったり。
胸に引っかかりそうな釣り針が、めちゃくちゃ多い。再編集部分も釣り針だらけで、歩いたら引っかかりまくってしまう。
これがディープなアニメファンから、普段アニメ見ない人まで、なんで一様に楽しんでいるのかの理由の一つ。視点が多様なのです。

ちゃんと『secret base』も入ります。いいところで一回だけ。
やってることだけ抜き出すと、冷静になってしまって「ふーん、若いっていいね」になっちゃうかもしれません。それもまたこの作品ならではの感想です。
それを声優の演技と音楽の効果と映像効果で、胸がゴワゴワするものに、若い時の迷走する感覚に変えていて、どこか引っかかった瞬間、連れされれてしまいます。

天に昇る煙に変えて昇華していく劇場版。
夏の終わりの8月31日から上映ってのがずるい、ほんとずるい。
これは秩父に今も多くの聖地巡礼者が訪れているのも、わかる。

ここしばらく「誰かと話したくなる映画」ばかりを見ていたのですが、今回ばかりはぼくの場合は「一人でそっと噛みしめたい映画」でした。
パンフレットは追加された子供時代のシーンの絵コンテが載っているので、オススメ。これを見ながら、ちょっとしばらくは余韻に浸ろう。

あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。 Blu-ray BOX
『secret base〜君がくれたもの〜12 years after special package 』
『『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない』特別純米酒  あの花 720ml』

(たまごまご)