【建物萌の世界】第25回 『青い花』の学び舎

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鎌倉文学館全景こんにちは。様々な建物や街並に萌える「建物萌の世界」。今回は久々に、まんが・アニメに絡めて建物を紹介しようと思います。

鎌倉市長谷にある鎌倉文学館は、先頃9年間に渡る連載が完結し、間もなく最終巻が発売される志村貴子さんの名作『青い花』で、主人公の一人である奥平あきら達が通う「藤が谷女学院」として登場することでファンから知られています。

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鎌倉文学館全景


元々この建物は、旧加賀藩主である前田侯爵家の第16代当主、前田利為(まえだ・としなり)が別邸として1936(昭和11)年に建てたもの。設計したのは渡辺栄治、施工は竹中工務店です。全体のイメージは青いスペイン瓦に切妻屋根と、いわゆるスパニッシュ・コロニアル様式のような感じですが、装飾などディテールの面ではむしろチューダー様式。しかも和洋折衷的なデザインラインも見えます。スパニッシュもチューダーも、戦前の邸宅で流行した建築様式なので、当時流行していた要素を色々取り込んだと言っていいでしょう。完成後、この場所にかつてあった長楽寺にちなみ「長楽山荘」と命名されています。

長楽山荘の表札

施主である前田家16代当主前田利為は、駐英大使館附武官や太平洋戦争でボルネオ守備軍の司令官などを務めた陸軍の軍人で、士官学校で同期だった東条英機とソリが合わなかったことでも知られています。利為は1942(昭和17)年、ボルネオ沖で戦死しています。残された家族は後に、駒場にあった本邸からこちらの鎌倉別邸に移り、生活しています。

戦後、家族は敷地内の別の場所に新たに居宅を建てて移り、空いたこの別邸はデンマーク公使や佐藤栄作元首相が別荘として借り受けていた時期もありました。三島由紀夫は最後の長編小説『豊饒の海』の第1巻「春の雪」執筆に際してこの建物を取材し、松枝侯爵の別荘として作中に登場させています。

その後1983(昭和58)年7月に、この建物は17代当主である前田利達(まえだ・としたつ)から鎌倉市へ寄贈されました。以前より文学館の建設を検討していた市は、この建物を改装・増築(庭と反対側の面に倉庫や事務室、企画展示室など)し、1985(昭和60)年11月に鎌倉文学館としてオープンしたのです。2000(平成12)年4月には、国の登録有形文化財にもなりました。

建物は鎌倉に多く見られる谷戸(丘陵地が浸食されてできた谷間)の中腹にあり、来訪者は木が生い茂る坂道を登っていくことになります。途中には外界と隔てる門のような石造りのトンネル「招鶴洞(しょうかくどう)」があり、俗世間から離れてリラックスできる場所、としての性格をこの別邸が持っていることがよく解ります。

招鶴洞

坂を登ると建物が見える訳ですが、この角度からだとバックに木立も見え、いかにも「山荘」という雰囲気。

坂の途中から

庭から見ると2階建てに見えますが、生け垣に隠された部分にもフロアがあり、実際は3階建て。斜面に建っていることもあり、玄関は2階部分で1階には階段で降りるような構造になっています。半地下のようになっている1階には厨房や倉庫などのサービス空間が集中し、生活空間は2階と3階……と使い分けがなされていたそうです。建築構造面でも1階のみ鉄筋コンクリートで、2、3階は木造と複合的です。

庭園から見た全体のデザインとしては、切妻屋根の左右に六角形の張り出しを設け、さらに2階の庭に面した部分全体にテラスを付けて、真ん中の階段から庭へ降りられるようにもしています。また、左側部分の3階は、どことなく和風のシンプルな雰囲気。

庭側のディティール左側3階はどことなく和風のイメージ

旧居間兼応接間(現在の常設展示室)のマントルピースに繋がる煙突は、スクラッチタイルでデザイン上のアクセントがつけられています。全体のフォルムはスパニッシュ様式。現在はマントルピースが使われていない為、異物が入らないように開口部はレンガで塞がれています。

煙突

窓にはステンドグラスが使われています。いわゆる絵画的なものではなく、壁紙のようなパターン。

2階窓のステンドグラス3階窓のステンドグラス

2階テラス部分にある照明はどことなく愛らしいデザインです。

2階テラス部の照明

玄関ポーチ部分は東洋的な雰囲気を持っています。天井から吊り下げられた灯具も、大陸的なデザイン。

玄関ポーチポーチ部の灯具

雨樋には唐草模様の装飾があります。

雨樋の唐草模様

ポーチには水場があります。釉薬のかかったスクラッチタイルに、装飾タイルの壁面、そして水槽部分のタイルの配色が良いコントラストを見せています。床面のタイルも文様が凝っていて飽きません。

玄関ポーチの水場

そして、玄関周辺は見事にチューダー様式。いわゆる「チューダー文様」や、柱などに施された釿(ちょうな)による「なぐり(名栗)仕上」など、特徴的な荒々しくも暖かみのあるモチーフが満載です。

玄関上部のチューダーモチーフ扉は典型的なチューダー様式

『青い花』はいわゆる「百合まんが」に分類される作品ですが、鎌倉文学館の庭園は200株以上が植えられたバラ園で知られています。春と秋に咲くのですが、特に春(5月中旬〜6月)には「バラまつり」を開催しています。もちろん、庭園には他の花々もたくさん植えられており、ユリもありますよ。

庭園のバラ

また、東京・駒場公園にある前田家の本邸も、洋館の外部は藤が谷女学院の図書館棟、内部は校舎内装のモチーフになっていますし、和館の方は杉本恭己の家のモデルとなっています。洋館の庭園に面した部分は最終回、井汲京子と澤乃井康の結婚式シーンにも登場していました。

駒場の前田邸洋館前田邸洋館の庭園側
駒場の前田邸和館

個人的には、他人とは思えないふみやあーちゃんなど魅力的なキャラ、志村さん独特のしなやかな線や空気を感じさせるコマ割り、「あーちゃん、起きなさーい」で始まりあーちゃんとふみが「おはよう」と言い合って終わる全体構成など、原作だけでなくアニメ版を含めて、たまらなく『青い花』が好き(アニメOPの空気公団も以前からのファン)だったりするのですが、この鎌倉文学館も作品に負けず劣らず、好みが散りばめられた素敵な建物です。もし『青い花』聖地巡礼をされる際は、建物自体も堪能することをお勧めします。

(文・写真:咲村珠樹)