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「デフレ脱却」「目標はインフレ率2%」。アベノミクスですっかり定着したフレーズだ。しかし、なぜ、デフレから抜け出さなければならないのだろう? 6月、デフレ経済にすっかり慣れきった私たちの脳を目覚めさせる良書が発売された。『デフレ脳からインフレ脳へ〜貯蓄貧乏から脱出せよ〜』(集英社、定価1680円)だ。著書の鈴木ともみ氏は、株式市況番組のキャスター。岩田規久男日銀副総裁をはじめ、11人のエコノミスト、ストラテジストにデフレ脱却の意義と可能性について取材している。鈴木氏がたどり着いた答えは、「なんとしても、デフレを脱却しなければならない」だ。日本経済の行方は? なぜ、デフレ脱却が必要? インフレ時代の資産管理とは? 鈴木氏に話を聞いた。

○鈴木ともみ氏プロフィール

経済キャスター、ファイナンシャルプランナー、FP技能士。現在、地上波初の経済中継番組「東京マーケットワイド」(東京MX、三重テレビ、ストックボイス)のキャスターを務める。中央大学経済学部を卒業後、1996年より経済番組のディレクター、記者として活躍。

――本書の発売が6月26日。その2日後に発表された5月の全国消費者物価指数(CPI)が前年同月比100.0で7か月ぶりにマイナスを脱し、6月のCPIは0.4%の上昇で、1年2か月ぶりにプラスに転じました。政府は15日、8月の例経済報告で「デフレ状況ではなくなりつつある」と公表しましたね。鈴木さんの本が日本経済の動きを見越しているかのようです。

いわゆる「アベノミクス相場」が始まったのは、2012年11月。11月14日、野田佳彦前総理大臣が解散を発表し、為替相場は円安に振れ、株価が上がり始めました。その後、今年5月まで日経平均株価は8割も上がりました。まあ、その後、株式市場は不安定な動きで、為替も一時期より円高傾向ですが、参院選の自民党圧勝は、国民がアベノミクスに期待していることも大きな表れでしょう。

この流れを振り返ってみると、2012年11月中頃に起きた株価・為替の変化は当時、「安倍トレード」なんて呼ばれていたんです。これほど長く続く相場だと思われていなかったのかもしれませね。本にも書きましたが、マスコミが「アベノミクス」という言葉を使い始めたのは2102年11月下旬。マーケットの動きに注目が集まってきた時期です。世の中に「アベノミクス」の用語が浸透してきたのは今年に入ってからだと思います。

でも、私を含め、日々マーケットをチェックしている関係者にとっては、2012年9月からREIT(不動産投資信託)指数や、不動産関連銘柄の株価は動き始めていたんです。世の中が株価の値動きを話題にし始めた11月頃、私たちはすでに2か月も続く堅調な相場を見ていました。日本経済に大転換が起きようとしていること、少なくとも、マーケットは「日本が変わり始めた」と反応していることを肌で感じていました。そこで、その大きな変化――つまり、日本経済がデフレからインフレに変わっていく意義を再点検しなければならないと考えたんです。

――2012年9月頃、マーケットは日本のどんな出来事に変化を感じとっていたのでしょうか。

2012年6月、当時野党だった自民党が国土強靱化基本法案を衆院に提出し、それを「ばらまき」と批判する民主党との対立がニュースで取り上げられるようになります。そして9月下旬の自民党総裁選は民主党代表選挙より盛り上がった感がありましたよね。自民党総裁選で、安倍さんはすでに「デフレ脱却」を大きく掲げていました。そのための政策、つまり、今打ち出されている金融緩和や財政出動にマーケットがいち早く期待していたのではないでしょうか。

――本書の冒頭で、「経済・マーケットニュースの最前線にいながら、個人としてはどうしてデフレを脱却しなければいけないのか、何が人々の幸せにつながるのかピンときていなかった」と書かれています。確かに、多くの国民もまた「デフレ=物価が下がること」と思い、悪くないことのように感じてきました。

私も、この取材を始めるまで同じように考えていましたよ。お休みの日に水筒に飲み物を入れて出かけ、「今日は100円しか使わなかったぞ」と誇らしげに思ったりして(笑)。でも、それって自分のことしか考えていないんです。

社会は互いに共存して成り立っています。私が休日に100円しか使わなかったことは、経済の基礎である、政府、企業、家計の3つの主体のなかの家計部門で、何も消費せず、何も生み出さず、ただお金を溜め込んだだけ。そうして日本の個々人が1,500兆円を貯めています。

個人が物・サービスを買わないから企業は儲からない。企業はリスクをとって事業を拡大するより、資産を貯めることを選び、274兆円もの内部留保を溜め込んでいます(2012年末)。それが家計に跳ね返り、仕事がなくなり、報酬は上がらない。

溜め込まれたお金は銀行に預けられ、リスクの低い国債が買われます。政府は税収が上がらず、国債を発行して補う……こうしてお金が停滞し続ける悪循環が、デフレをまねいています。経済を活性化させるには、お金が循環しなければいけません。デフレ下では、家計も企業も、そして政府も「コスト削減」しか頭にない。これでは誰もハッピーにならないんです。

取材を通して、デフレを脱却することがいかに大事かが分かりました。本でも紹介しましたが、岩田規久男先生の「お金を愛しすぎないように。お金はイノベーションを生む道具である」がすべてを表しています。

――現日本銀行副総裁の岩田さんですね。

この本の最大のトピックは、岩田先生にお話が聞けたことです。お会いしたのは2月22日。25日には、政府が衆参両院の議院運営委員会理事会で、日銀総裁に黒田東彦氏、副総裁に岩田先生を候補者とした人事案を提示するという報道が流れました。岩田先生は一貫してリフレ政策を主張してきた第一人者ですが、公人になってしまったら、この本で紹介したような率直な意見は引き出せなかったかもしれません。私はどの記者より、最適なタイミングで取材ができたと思います。

――岩田さんも含め、11人のエコノミスト、マーケット関係者に取材しています。どのように人選したのですか。

五十嵐敬喜さん(三菱UFJリサーチ&コンサルティング執行役員、調査本部長)は反リフレ派です。リフレ政策に慎重な立場からの意見も聞きたくて取材をお願いしました。一方、村上尚己さん(マネックス証券のチーフエコノミスト)はリフレ派です。村上さんは1971年生まれで、バブル期のインフレを体験していません。デフレしか知らない若い世代が、どのように日本経済の行く末を分析しているかを知りたかったんです。

経済評論家の岡田晃さんは、日経新聞出身でジャーナリストの大先輩。客観的な視点で分析してくださり、いつも頼りにしています。外国人投資家の動きも参考にしたかったので、山一証券のパリ事務所、ロンドン現地法人などで、数百人の外国人の部下を従えてきた中嶋健吉さんにもお声をかけさせてもらいました。

というように、心から取材をしたいと願うスペシャリストに依頼し、お名前の一覧を見て惚れ惚れするほど、ベストな布陣ができました。それがもう、人格者ばかりなんです。名誉や報酬でこの仕事を選んでいるのではなく、社会のために自分は何ができるかを考える人が、結局は一流のエコノミスト、ストラテジストになるんですね。この本は11人の識者をたずね歩いた私の"取材旅"の記録ですから、映画監督になったかのような気分で書き上げました。キャストは最優秀俳優ばかりです。

――ドラマチックな映画にするために、反リフレ派の登場人物を増やそうとは考えませんでしたか。

それはありません。週刊誌や「朝まで生テレビ」を作るならそうしますが(笑)、映画監督は作品に自分のメッセージを込めますから。本のタイトル「デフレ脳からインフレ脳へ」は、私のメッセージそのもの。日本経済は今、できる限り健全な道筋でデフレを脱却することが何より大切なんです。

――デフレからインフレへ向かう必然性を理解しつつも、どうしてもインフレは物価が数十倍になるというイメージがあり、専門家でもコントロールできないのではと心配する人も少なくありません。

私も社会人になってからデフレ経済しか知らないので、インフレは怖いと思ってきました。でも、本書のスペシャリストたちが教えてくれたように、ここ数年、新興国の大減速や、ユーロ危機などがありながら、先進国のなかで15年以上もの長期にわたりデフレであったのは日本だけで、アメリカでも2〜3%のインフレを維持しています。アベノミクスが掲げるインフレ率2%は、大騒ぎするような数字ではありません。バブル期の日本でも、最大で3%ほどのインフレです。もちろん、物価上昇率は注視しなければなりませんが、インフレをコントロールするより、むしろ、デフレから抜け出すことのほうが政策としては難しく、また、重要なんです。

――識者のなかには「日本経済はもう、縮小に向かうしかない。小国で生きていく術を考えよう」という意見もあります。

私もそのように考えた時期がありました。自分のことだけを考えたら、それでも悪くない。でも、今の若者の苦境をどうすれば改善できますか。経済が上向き、パイが広がれば救われる可能性が大きくなります。自分の子どもや孫世代のことを思っても、少しでも緩やかに経済成長する方法を考えたいんです。その一つの方法が、ゆるやかなインフレに向かうことです。

経済政策は人々の生活が実験場になってしまいますから、頭で考えただけでこれが正解だとは、私はもちろん、本書に出てくれたみなさんも言えません。でも、私自身は、デフレからインフレへの転換は正しいと確信しました。

――インフレになると、我々庶民はどうすればよいのでしょう。

インフレになると、お金の価値が下がります。現金で持っていると目減りしますから、少しでも分散して投資したほうが、"インフレ負け"はしません。でもそれは、世代や立場によりますから、ケースバイケースです。この本は、資産運用に慣れた人たちに向けたというより、私も含め、庶民がインフレ時代にどう資産を守るべきかを解説しました。預貯金の運用、住宅ローンの借り入れや借り換えのポイント、金(ゴールド)の値動きまで幅広く提示したのはそのためです。

また、ゆるやかなインフレであれば経済が活性化しますから、努力する人、能力のある人は報われやすくなりますよね。総じて労働力不足になるので、何もしない人は、より悪くなることはありませんが、生活水準は停滞してしまいます。

そう言うと、私たちの記憶に新しい「小泉・竹中路線の再来を期待しているのか」と思われそうですが、違います。これは、この本のもう一つのメッセージで、私は「報われた人たちが弱い人たちを支える社会」でありたいと思っています。お年寄りやハンデを持って生きる人たちを含めて私たちの社会です。どうしたって弱い立場の人が生まれます。だから、安定した生活ができるようになった人は、今度は弱者を支えてほしい。しかも、そうした社会は、デフレよりインフレの経済状態のほうが作りやすいと思うんです。

――鈴木さんご自身は資産運用をやっているんですか。

経済番組にかかわっているうちは、資産運用はしないと決めています。というより、私は金儲けにいっさい興味がないんです。「これは儲かるよ」と言われて、乗ったことはありません。私はただ、経済の動きに興味があるだけ。もし、私が株式を持っていたら、この半年は気が気でなくて、視聴者に冷静に株式市況を伝えることなんてできません(笑)

――マーケットの動きはそれほどおもしろいですか。

マーケットを見ていれば、世界の動きが分かります。最初にお話ししたアベノミクス相場が好例です。特に、REIT指数は景気変動を先行して表すので、日々必ずチェックしています。今は9月のマーケットに注目しています。9月7日にオリンピックの発表があり、もし、東京に決まったら……と、今後の予定はすべてマーケットに結びつけて考えています(笑)。アベノミクスの第4の矢とされている財政健全化・消費増税についても9月にある程度の道筋が見えてきそうです。

「東京マーケットワイド」は地上派初の株式市況の番組で、主婦がよく見てくれているんです。みなさんが言ってくださるのは、「どのチャンネル回しても同じ芸能人の話でしょ。株の動きのほうが飽きなくておもしろい」と。たしかに、どの局でも芸能人の恋愛やスキャンダルの話ばかりだと、誰でもイヤになります(笑)

「経済って、難しくて分からない」と平気で言える風潮がありますが、経済の動きは私たちの生活にダイレクトに影響を与えます。学校で習ってないから分からなくて当然、と開き直るのではなく、もっと興味をもってほしい。特に、若い人たちに。私たちは経済活動のなかで生きていて、マーケットの動きと我々の生活は密接につながっているのだと、伝える本にしたかったんです。

――本日はお忙しいところ、ありがとうございました。

(小丸朋恵)