タリハール広場の夜景。2010年12月撮影。翌年にはここが反政府デモで埋め尽くされるとはまったく思わなかった

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 エジプトの混乱が収束の気配を見せない。

 2010年にチュニジアで独裁政権を転覆させたジャスミン革命は翌11年、エジプトに飛び火し、30年にわたってエジプトを支配してきたムバラク政権が崩壊、ムスリム同胞団のムルシー(Mursi)が大統領選に勝って民主制に復帰した。だが今年に入って反政府デモが激化し、7月に軍がムルシー大統領を解任・拘束した。それに反発するムスリム同胞団を軍部は“テロリスト”と規定し、武力行使によって1000人ちかい犠牲者が出たとされている。

 私はアラブの専門家ではなく、今後、エジプトでどのような事態が起きるのかを予想することはできないが、これまであまり指摘されることのなかった商品価格と革命や政変との関係をここで考えてみたい。

グローバル市場では一物一価

 経済学の教科書でモデル化されているような完全に閉じた経済圏では、ものの値段(物価)は市場に流通する貨幣の量で決まる。だが現実世界では、この「貨幣数量説」はうまく当てはまらない。金融政策で物価を自在に操ることができないのは、一国の経済がグローバル市場に向けて開かれた開放系だからだ。

 これはなにも難しいことをいっているのではない。

 グローバル市場では、一物一価のグローバル商品(世界商品)が流通している。代表的なものが原油や天然ガスなどのエネルギーや鉄、銅などの金属で、それ以外にも小麦やトウモロコシなど穀類も世界商品だ。これらの世界商品は、先進国か新興国(発展途上国)かにかかわらず、原則として世界のどこでも同じ値段で売られている。

「フィリピンの物価は日本のだいたい3分の1」といわれるが、そんな話をしたあとに、たいていは「そのわりにガソリンが高い」という不満がつづく。だがこれは、ガソリン(石油)が世界商品であることを考えれは当たり前だ。市販のガソリンには原料である石油以外の付加価値がほとんどないので(原油の精製やガソリンスタンドまでの運搬コストは微々たるものだ)、原油価格が上がれば必然的にガソリン価格も上がる。もしもガソリンの値段が安いとしたら、それは政府が補助金を出して人為的に価格を調整しているのだ。

 このことは、純粋な世界商品である金(ゴールド)を考えればもっとよくわかるだろう。

 あらゆる商品の価格がその国の生活水準(一人あたりGDP)に影響されるなら、貧しい国ではゆたかな国よりもずっと安く金製品が売られていることになる。だがもしそんなことが起きれば、目ざとい貿易商が安い金を大量に購入し、ゆたかな国に持っていって高く売ろうとするだろう。こうした裁定取引によって、生活水準に関係なく、金の価格は世界じゅうどこでも同じになる。

 金や原油と同じく、穀物(小麦、トウモロコシ)や大豆、コーヒーなどの農産物も一物一価の法則に支配された世界商品だ。これらは野菜や果物などと異なり保存や運搬が容易で、シカゴなどのグローバルな商品市場で価格が決まる(コメも大消費国である日本が市場を開放すれば世界商品になるだろう)。

 さらには、鶏肉や豚肉、牛肉なども世界商品化している。鶏や豚の飼料は主にトウモロコシで、養鶏や養豚技術が進歩してコスト削減が実現すると、鶏肉・豚肉の価格はトウモロコシ価格に連動するようになった。

 日本の養鶏業者や養豚業者が中国に視察に行くと、みんながっかりして帰ってくる。中国でも鶏肉・豚肉の生産コストはほとんど変わらないにもかかわらず、販売価格が日本の3分の1だからだ。だったら日本で生産・販売した方がずっといいわけで、これらの産業は海外に移転しない。人件費が生産コストに直結する製造業とはコスト構造が根本的に異なるのだ。

 和牛(肉牛)も、養鶏や養豚と同じく牛舎で効率的に育てる技術が発達した。また冷凍・冷蔵技術の進歩で、アメリカやオーストラリアから放牧によって低コストで生産された牛肉が大量に輸入されるようになった。シカゴの商品先物市場では肉牛(Live Stock)が盛んに取引されているが、いずれは先物価格が世界じゅうの牛肉価格を動かすようになるだろう。

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