『統合失調症がやってきた』ハウス加賀谷,松本キック/イースト・プレス

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松本ハウス『統合失調症がやってきた』という本が出た。
お笑いコンビ「松本ハウス」のハウス加賀谷の病気についての本だ。10年間も活動休止をしていたので、知らない人もいるかもしれない。

派手な衣装を着て、ぶっ壊れたキャラで叫んだりトンチンカンな受け答えをする彼は「ボキャブラ天国」「電波少年」といったテレビ番組で一躍人気者になったが、突然活動休止、そのまま姿を消した。

あまり回りくどい書き方をしても仕方ない気がするので、簡潔に本書の内容を説明すると、加賀谷のお笑いデビューまでの経緯、病状悪化による活動休止、治療の日々、そして「松本ハウス」復活についてが書かれている。自伝と言ってもいいかもしれない。

幼少期からエリート教育を受け、テレビも禁止、塾に通い詰め、あまりよくない家庭環境といった色々な要素のせいか、限界が来てしまった加賀谷は、エリートの道をギブアップする。

授業中ノートをとっていても、なぜかページをめくれず、それでもどんどん書いていくのでノートが字で埋まり真っ黒なままになったり、周りに「臭い」と言われているのが聞こえてきて、学校に行けなくなるというようなことが続き、時代も時代だったので親もどうしたらいいか分からないという状況になる。

色々あってグループホームに入所した加賀谷は、幸運にも回復に専念できる状態になり、やがて将来のことを考え、お笑いを目指すことになる。相方・松本キックのお笑いへの経緯も書かれており、こちらも結構ヘビーな内容だ。そして人気絶頂になり、解散するのだが、基本的に加賀谷の病気との付き合いはずっと続いている。

「調子がいいから薬の量を勝手に減らしてしまった」「たくさん飲んでしまった」などの失敗が、タイミングやその後の結果とともに丁寧に書かれている。統合失調症がどこからどこまでを指すか、というような細かい知識は読み手には必要ない。「色んな症状や薬の副作用がある人」が色々いて、「ハウス加賀谷はこんな感じだったんだな」と読んでいくぐらいがちょうどいいのかな、と思う。

相方のキックは余計なことは言わず、苦しむ加賀谷に「簡単なことはするな それはつまらないから 俺もそれはしない」とだけFAXした。彼もどちらかというと虚無感や無気力に襲われてきたタイプで、自死の誘惑をよく理解していたのだろう。過度な装飾なく、美談にもしようとしない文章が、「キックは加賀谷と、こうやってきたんだな。かっこいいな。」と素直に思わせてくれる。

闘病者も、一緒に生きていく人も、模範解答っていうものは無いし、そもそも病状が人それぞれだ。幻聴や幻覚がある人もいれば、そんな気がするだけの人もいるという。彼らは「こうしてきて、こうなった」。その「みんなそれぞれだけど、自分はこうでした。」という部分が貫かれていて、最後まで自分のことと距離をとって読むことができた。

松本ハウスは売れる前も売れた後も、色々言われてきたようだった。「もうちょっと抑えてくれ、苦情が来ちゃうから」「障害者を舞台に上げていいのか」というような感じで。

昔から色んな国で、見世物小屋で奇形をショーにしたり、日本でも「小人のプロレス」なんていうのもあった。だけどプロとしてやっている人たちは、自分で自覚してステージに上がっている。持っているものをウリに、出演者としてステージに上がっている時だけ出す。

練習だってするし、出番の前には「よし、やるぞ」とか思って出ていく。普段、普通の生活の中で、たとえばレストランで食事をしていて、突然隣の席の人から「あなたの寝癖、非常に楽しませてもらいました」とか言われて千円札出されてるのとは当然全く違う。

全く違うと思うが、色々言う人は言う。そういうものと戦う様子も書かれている。

書名には「統合失調症」と書かれているが、僕はそこにはそんなにこだわらなくていいと思う。難しい話も理屈も無く、「テレビで見てたあの人の苦労話」って感じで適当に読み始められる。幻覚や閉鎖病棟などの話は強烈かもしれないが、強烈に勇気や希望がもらえるのも確かだ。イーストプレスから発売中。
(香山哲)