経済大国たる中国の責任について
中国は、真に世界から尊敬される経済大国となれるのか、自国に都合のよいことばかり言う国だと軽蔑の目で見られることになるのかの瀬戸際に立たされている。


中国がいろいろな意味であれだけ大きな経済大国である以上、経済的にも政治的にもうまく運営されていくことは今や世界中どの国にとっても非常に大事なことです。そういう意味で中国自身も今後は「世界に対して、いかなる責任を持つべきか」とか「世界との調和をどう図り、いかなる形で小国や貧国を助けていくか」といった観点に立って、さまざまな言動をしてもらいたいと思います。

中国という国が、世界から尊敬され羨望のまなざしで見られる経済大国となるのか、はたまた自国にとって都合のよいことばかり言う守銭奴のような国だと世界から軽蔑の目で見られるのか、その瀬戸際にきているのではないかと私は感じています。

大国になればなるほど、いろいろな意味で責任が重くなりますから、中国の指導者は今までにもまして自重していくという姿勢を示していかねばならないと思います。人に「人徳」があるように、会社には会社の徳「社徳」があり、国には国の徳「国徳」というものがあって、おのおのでその成長のステージに応じて磨いていかねばならないわけで、中国には国としての徳をもう少し磨いてもらいたいと痛切に感じています。

たとえば、あれほどの公害を発生させて世界中にまき散らしたり、天然資源や食料といったものすべてを可能な限り買いあさるべくアフリカ等の資源国に大挙して札束を持っていくといった具合で、「なんと品のない国か……」という気がするわけです。

中国では経済の民主化から政治の民主化ということが叫ばれるようになり、それは何者も抗することができないひとつの時代の流れであるわけですが、晩年の温家宝前首相がそれをはっきりと叫んでいたのとは対照的に、習近平体制においてはそういう声があまり出てきていません。

李克強首相はもともと「胡錦濤・温家宝」寄りだといわれていて、政治の民主化についてもそうした方向性を持っていると私は認識していましたが、はっきりとした姿が見えてきません。習近平主席はむしろ軍部と非常に密接な関わりを持つ強硬保守路線を今のところ貫いている気がしており、いまだにわからない面もたくさんありますが、彼の口から「核心的利益」ということが盛んに発せられるといった部分で若干の心配をしています。

中国の政治においては江沢民派・太子党派・共青団派という3つの勢力が実際は一触即発でありながら何とかバランスをとって存立しているというのが現況であって、たとえば86歳の江沢民氏に何かが起こるとなれば、急激にさまざまなことが変わってくることもありうる気がしますから、なかなか予断を許さない状況が続くのではないかと感じています。

中国が高い経済成長率を維持していくためには内需依存型への転換が重要

中国税関当局が発表した5月の貿易統計によると輸出の伸び率は昨年7月以来の低水準となり、輸入も予想に反して減少しました。この極端に落ち込んだ数字は、貿易を装った架空の「水増し輸出」に伴う代金の国内流入について当局が5月から取り締まりを強化した影響が出たものなのか、はたまた経済が実体として本当に弱くなっていることを意味しているのかはわかりませんが、中国経済の減速に対する懸念が強まっていることは間違いありません。

中国経済は、世界第2位の経済大国になったとはいえ外需依存が強いがために、基本的には米国経済や欧州経済等の影響を強く受けるという特徴があります。中国がこれからも高い経済成長率を維持していくために非常に大事になってくるのは、その経済体質をいかにして外需依存型から内需依存型へと転換していくかです。とりわけ都市部と農村部の所得格差、沿岸部と内陸部の所得格差、そして同地域内での所得格差が非常に大きくなっていますから、内陸部に向かっての投資をどうやって活性化していくかということです。