今週はこれを読め! SF編

 ご多分にもれず、ぼくも子どものころは『オズの魔法使い』や『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』に耽溺したくちだ。親や教師には「すてきなファンタジイはお子さまの優しい心を育みます」などと言っておけばよいが、なあに、邪悪な子どもであってもオズ一行のズッコケ道中や、アリスが遭遇するナンセンスには大喜びだ。ひねくれた大人になってもそれは変わらず、ぼくはいまでも面白いファンタジイを求めている。残念なことに、面白いファンタジイは、面白いSFや面白い主流文学よりも見つけにくい。



『宝石の筏で妖精国を旅した少女』はひさびさの大当たり。ひとりの少女の不思議の国への往還記で、形式的にも『オズ』や『アリス』の直系と言える楽しい作品だ。まあ、『オズ』ほどズッコケではなく『アリス』ほどナンセンスではないが、そのかわり豊かな色彩感覚と奇想性が際立っている。



 主人公は五月生まれなのにセプテンバーと名づけられた少女。ネブラスカ州オハマの退屈な日常にあきあきしていた十二歳のある日、〈そよ風のヒョウ〉に乗った〈緑の風〉に誘われて妖精国へと旅立つ。その道すがら〈緑の風〉はセプテンバーにいろいろ教えてくれる。たとえば、こんなふう。「お嬢ちゃん、地球はおおざっぱにいうと"台形"みたいなもんで、ちょっぴり、"ひし形"というか、それとも"四次元立方体"といえばいいかな。ま、ともかく反対方向に毛をなでられると、ひどく不機嫌になるんじゃよ!」。なにを言っているんだかちっともわからない。だけど面白い。しょっぱなから奇想性が全開だ。



 妖精国とセプテンバーがもといた世界との境い目は、「千年分のがらくたとナンセンスが散乱する、おばあちゃんの大きな暗い物置」と表現される場所でこれまた愉快なのだが、ここでセプテンバーはひとつの疑問にとらわれる。自分が妖精国に誘われたのは「特別な子ども」だったからなのか、それともたんなる「偶然」なのか? これは児童文学において大きなテーマかもしれない。いや、児童文学に限らず、自分は「特別」なのか「普通」なのか、「独自」か「類型」か、「オリジナル」か「コピー」かは、物語においてしばしば切実な問題となる(とくに日本のラノベやアニメではひとつの潮流をなしているのではないか)。



『宝石の筏で妖精国を旅した少女』では、アーシュラ・K・ル・グィン『ゲド戦記』を髣髴とさせる「真の名前」「本体から切りはなされた影(分身)」のモチーフが繰りかえしあらわれ、これも「特別/普通」問題とつながるかもしれない。しかし、こうしたテーマ面ばかりを追って読むと、この小説の面白さをかえって見失いかねない。テーマはあくまで基盤であり、そこにどんな回路(模様)がかたちづくられられていくかが小説の醍醐味だろう。



 この物語の面白さは、登場人物の多彩さによるところが大きい。世界の境い目でセプテンバーを驚かす金属製のガーゴイル。ひとりの人間狼と結婚している姉妹魔女ハローとグッドバイ。善き女王マローによって石鹸かすから造られたゴーレム娘のライ。ジャッカルに変身するプーカ(善良な妖魔)の少女。野生の二輪車(ベロシペード)とそれを操る精悍な女性(背中に妖精の羽根がある)カルパーニア。身体を自由に変形させるスプリガン。対する相手によって小さかったり大きかったりする〈死〉。ふたりでひと組だが別々に生きている半身族。百歳以上の古道具が意識を持つにいたった付喪神(ツクモガミ)。



 なかでも目覚ましい活躍をみせるのが、セプテンバーの道連れとなるふたりだ。


 図書館を父として生まれた飛竜(ワイバーン)のエーエルは、自分の翼は上質の皮紙でできており、目を細めてみると気球飛行の歴史が書かれているのだと主張する。彼の夢は自分の祖父である妖精国中央図書館をさがすこと。そこにはあらゆる世界のあらゆる本があるという。



 海育ちの魔人(マリード)サタディは、あらゆる方向に時間が流れる命を持っている。彼の母は子どもたちの出現によって、自分が結婚する時期を迎えたことを知った。息子サタディの目を見ていたので、それと同じ目をもつ夫を見つけだすことができたのだという。また、サタディは勝負して負けた相手の願いごとをなんでも叶えることができるが、勝負に手心を加えることができない。友人セプテンバーの願いを実現してあげたいと思っても、いざとなると彼女を倒すために全力をあげしまうのだ。しかも、めちゃくちゃ強い。



 こうしたユニークなキャストが入れ替わり立ち替わり登場し、いったんは舞台裏にさがってもまた別な場面に顔出したり、前の場面で語ったことや演じたことが後の場面で意味をもってきたり、そうした伏線の張りかたがヴァレンテはじつに巧い。ストーリーは、妖精国の侯爵が人びとを苦しめていると知ったセプテンバーが万精の都(パンデモニアム)へ赴き、いったんは侯爵と対決するが言いくるめられて、危険な任務を引き受けるはめになり、妖精国を経めぐってふたたび侯爵と相まみえる。



『オズの魔法使い』の大魔法使いは風采のあがらない奇術師だった。『鏡の国のアリス』の赤の女王は物語終幕でいきなり小猫に変わる。同様のどんでん返しが本書にも仕掛けられており、セプテンバーの最大の敵であり彼女を冒険へと仕向けた「侯爵」の意外な正体がクライマックスで明かされる。それは読者を驚かせるサプライズというよりも、この妖精国の成りたちに関わる大きな秘密だ。いや、むしろ『宝石の筏で妖精国を旅した少女』という小説の構造に、さらに言えば物語一般の価値に関わっていると言ったほうがよいかもしれない。そして、それはセプテンバーの「自分は特別なのか?」問題ともつながってくる。



 作者ヴァレンテは2004年にデビューし、すでにいくつもの賞を受賞(本書もアンドレ・ノートン賞とローカス賞を獲得)している実力作家。日本では今年になって本格的に翻訳されはじめ、本書より先に『孤児の物語』二部作(東京創元社)が刊行されている。今後のさらなる紹介を期待したい。



(牧眞司)




『宝石の筏で妖精国を旅した少女 (ハヤカワ文庫 FT ウ 6-1)』
 著者:キャサリン M.ヴァレンテ
 出版社:早川書房
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