今週はこれを読め! SF編

 飛びきりイキの良い海外SFを届けてくれる《新☆ハヤカワ・SF・シリーズ》第一期(全11冊)の最終巻。いちばん最後にいちばん最高の作品がきた。文句なしの傑作。



 しかし、これほどの作品をSFブランドで出しちゃってよいのか? たしかに英国SF協会賞およびジョン・W・キャンベル記念賞を受賞してはいるが、SFの勲章だけですむレベルじゃない。前作『双生児』(早川書房)もそうだったが、この作品の主題・構成・仕掛け・表現力には、SF読者のみならずミステリ・マニアや主流文学ファンも瞠目するはず。この本を読んでいる最中、ぼくの心のSF/ミステリ/文学の琴線は鳴りっぱなし。至福の三重奏でした。



 表題が示すとおり、本書はプリーストが書きつづけている《夢幻諸島(ドリーム・アーキペラゴ)》シリーズに属する。これまで日本に紹介されてきたのは短篇(日本版オリジナル短篇集『限りなき夏』(国書刊行会)に数篇が収録されている)だったが、これは待望の長篇。といっても直線的な物語ではなく、独立した章(挿話)がゆるやかにつながっていく。



 各章のなかにはまったく独立した物語や、むしろ断片と呼んだほうがよいものもあるが、そのいっぽう、章をまたいで共通の人物が登場したり、ひとつの事件が別な角度から語られたりと、全篇を通じて幾筋もの糸が通っている。糸のなかには殺人事件の真相をめぐるものもあり、女性社会改革家の謎めいた生涯をめぐるものもあり、土木インスタレーション・アート(巨大トンネルを掘る芸術)をめぐるものもあり、激しい愛と燃える憎しみをめぐるものもある。とりどりの糸が見え隠れし、ときに糸と糸とがもつれあう。その綾目が絶妙だ。しかも糸の流れは一方向ではない。挿話の並びは時系列ではないので、原因よりも先に結果が語られたりもする。そもそも挿話ごとに視点の取りかたや叙述スタイルが異なっており、単純な因果関係に還元できない場合も少なくない。ひとつのできごとを別な角度から描かれたり、別々なできごとのあいだの照応が浮かびあがったり、そのなかに夢幻諸島のリアリティがある。



 そんなふうに説明するとむずかしい文学技巧かと誤解されそうだが、それぞれの章を綴っているのはあくまで明瞭な文章だ。



 この本全体が、旅行者向けの夢幻諸島ガイドブックに見立てられており、ひとつの挿話(各章)がひとつの島を紹介する形式をとっている。ちょっとカルヴィーノ『見えない都市』を思わせる構成だ。小説の手ざわりとしては都市論的抽象や記号論的観念を軸にしたカルヴィーノ作品とはだいぶ違うのだけれど、『夢幻諸島から』のなかにも、同じデリルという名前を持つ島をみっつ続けて取りあげているところがあって、そこはカルヴィーノっぽい。みっつの島はまったく別々だと強調しつつも、偶然の地理的類似性や意図的かもしれない模倣性にふれ、読者を煙に巻く。さすがプリースト、悪戯もうまい。



 夢幻諸島は、架空世界(異星というよりももうひとつの地球というべきか)のうち、惑星の赤道円周をひとまわりする広い帯状の太洋ミッドウェー海に点在している。ミッドウェー海は惑星表面の70パーセント以上を占め、その北極側の大陸は軍事国家がしのぎを削り、南極側の大陸は大部分が不毛の地だ。夢幻諸島の島の総数はだれも把握できず(数千とも数十万とも言われる)、時間勾配による測量困難と方言による島の呼称の混乱のため、広範囲の地図をつくることもできない(局所的な海図は何千もあるが地理的に不完全だ)。こうした事情も手伝って、インターネットなどの現代テクノロジーが普及しているにもかかわらず、それぞれの島の土着性や異郷性が強く、ときに神話的な気配すら漂う。



 旅行ガイドがめざすのは、それぞれの島の特徴を端的に捉えることだ。奇観や名勝が評判の島もあれば、特別なレジャー、文化や芸術、歴史的由来が売りものの島もあり、有名人のゴシップで知られる島もある。ただし、ふつうの観光案内のように書かれているのは数章だけで、学術探検秘話あり、秘めた恋情を告白する手記あり、著名作家へのファンレターあり、遺言状あり、エッセイあり、偉人の評伝ありで、読んでいてなんかこれおかしいぞと気づくが、そのときはすでにプリースト・マジックの術中にある。察しのよいひとは途中で「序文」を読み返しヤラレタと舌を巻くはずだ。



 それを別にしても、挿話のひとつひとつが面白い。たとえば、学術探検秘話「大オーブラックあるいはオーブラック群島」は昆虫ホラー。かなり凄惨な内容だがプリーストはあくまで抑えた筆致で、だからこそより凄味が増している。告白手記「ローザセイ(2)」は、あるいは私小説と見なしたほうがよいかもしれない。SFのガジェットはないが、永遠の愛を一瞬に封じこめていて、プリースト自身の傑作短篇「限りなき夏」と好対照をなす。「ミークァ/トレム」は、時間勾配と絡んだ軍事機密をめぐるサスペンスだ。オープンエンディングで余韻が深い。また、これは全篇を通じて言えることだが、シュルレアルな景観、奇態な芸術・芸能、はかないラブ・アフェアのモチーフがちりばめられているあたりは、J・G・バラードの《ヴァーミリオン・サンズ》を思いおこさせる。



 夢幻諸島が湛えた魅力は、一度ではとても汲みつくせない。ぼくはこれから何度となく、再訪することだろう。シリーズ未訳作品(最新作The Adjacentも夢幻諸島ものとのこと)の翻訳を熱烈希望! いや、いっそプリーストの全作品が読みたい。



(牧眞司)




『夢幻諸島から (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)』
 著者:クリストファー・プリースト
 出版社:早川書房
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