今週はこれを読め! ミステリー編

 2000年代以降に翻訳されたミステリー短篇集の中からベスト3を選んでもらいたい。
 そう頼まれたら、答えは決まっている。ジェフリー・ディーヴァー『クリスマス・プレゼント』(文春文庫)、デイヴィッド・マレル『真夜中に捨てられる靴』(ランダムハウス講談社文庫)、フェルディナント・フォン・シーラッハ『犯罪』(東京創元社)、この3冊だ。それぞれ、収録作のサスペンス、落ち、文体、そして多様さ、のどれをとってもオールタイム・ベスト級の素晴らしさである。
 しかし、ちょっと事態が変わってきた。『クリスマス・プレゼント』にライバルが出現したからだ。それも同じ作者による一冊が。
『ポーカー・レッスン』はジェフリー・ディーヴァーの第二短篇集である。原題はMore Twisted。おやおや、と思ったあなたは正しい。第一短篇集『クリスマス・プレゼント』の原題は Twistedだったからだ。「ひねりを」「もっとひねりを」とミステリー作家は言う。

 収録作は16篇で、そのうち1作「ロカールの原理」は、ディーヴァーの看板である四肢麻痺の天才捜査官、リンカーン・ライム・シリーズの作品だ。慈善事業の財団を運営する資産家が狙撃されて死亡する事件が起きる。リンカーン・ライムの眼となり、手足となるアメリア・サックスが、その犯行現場に派遣されるのである。「ロカールの原理」とはこのシリーズにもたびたび登場する科学捜査上の教条の一つで、「犯人と犯行現場、または犯人と被害者のあいだでかならず微細証拠が交換される」というものだ。それがきちんと事件解決に利用されているのが、ファンとしては嬉しい。短篇ではあるが、しっかりとした読み応えがある。

 それ以外の作品はノンシリーズだが、1作だけある先行作品にオマージュを捧げる短篇が混じっている(どれかは読んでのお楽しみである)。前作『クリスマス・プレゼント』との共通点は、読者をびっくりさせようという作者の熱意だ。びっくりさせるといっても、バン! ----こういう風に唐突にショックを与えて読者の肝を抜こうというものがあれば、相手が気づかないように危険地帯に足を踏み入れさせ、脱出できない底なし沼にはまってしまったことを気づくまでほくそ笑んで物陰に見ているような人の悪いやり方もある。ディーヴァーの作品には後者が多く、しかも秀作もそちらに集中している。

 たとえば「動機」という短篇では最後の2ページに登場人物が陥った境遇が種明かしされ、そこがとんでもない怪物領域であることが知らされるのである。もちろんその前に「これより先......」という標識は出ていたのだが、先を急ぐ主人公の(そして登場人物の)脳にはその警報が届かなかった。こうした予兆の書き方にもディーヴァーは長けていて、たとえば「監視」という短篇では読み返すとニヤリとさせられる個所がいくつかある。
 感心されられた作品はいくつもあり、その中の「生まれついての悪人」には遠い昔に読んだスタンリイ・エリンや、フレドリック・ブラウンなどの短篇の名匠を思わせる味がある。常識の自明さを疑うような視点が加わると、ディーヴァーは最強になるのだ。

 帯には「これぞだまされる快感!」との惹句が躍っているが、一つ付け加えるならば、ドンデン返しが成功しているのはサスペンス及びスリルの効用である。先に何があるのかわからない、後ろから危険なものが追ってくる、という不安と恐怖の感情が掻き立てられ、そのために脇目もふらずにゴールへと飛び込んでしまう。そこに罠が待っているのは先刻承知のことなのに。その技巧の冴えもぜひじっくりと味わってほしい。蛇足ながら書いておくと収録作のうち「恐怖」は、ディーヴァーが読者を操る技巧のノウハウを開陳するために書いた作品である。巻末の解説「『恐怖』について」と併読することをお薦めする。

(杉江松恋)



『ポーカー・レッスン (文春文庫 テ 11-24)』
 著者:J・ディーヴァー
 出版社:文藝春秋
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