選挙翌日の7月29日、野党・救国党の本部に姿を見せたサム・ランシー党首(中央)と、ケム・ソッカー副党首(左)=プノンペン市内で【撮影/木村文】

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朝日新聞のマニラ支局長などを経て2009年に単身カンボジアに移住。現在は現地のフリーペーパーの編集長を勤める木村文記者のカンボジアレポート。7月28日、カンボジア総選挙の投開票が行なわれた。当初、安泰とみられていた与党だが、野党党首が亡命先から帰国すると状況は一変。そこには、中国・米国の思惑もあり……。いまだ結論が出ていないこの選挙。本当の国民の意思を反映できるのかーー。

 カンボジア総選挙が迷走している。与野党それぞれが「勝利」を宣言し、お互いに譲らない。選挙をしたのに投票結果で勝者が決まらない、奇妙な事態に陥っているのだ。

与党・人民党が安泰とみられていたが……

 選挙は、定数123の国民議会(下院)議席をめぐり、7月28日に全国で投開票された。カンボジアの総選挙は州を選挙区とする比例代表制で、5年に1度、実施される。フン・セン首相の与党・カンボジア人民党(以下、人民党)、2つの野党が合併した野党・カンボジア救国党(以下、救国党)などが立候補者を掲げ、1カ月間、全国で選挙運動を繰り広げた。

 1993年に、内戦終結後、初めての選挙が実施されてから5回目の総選挙。外国直接投資を呼び込み、右肩上がりの経済成長を背景に、東南アジア諸国では首相就任期間が最長となったフン・セン氏の与党が「安泰」とみられていた。

 しかし、選挙運動期間終盤に、救国党の党首・サム・ランシー氏が、事実上の亡命先であるフランスから、シハモニ国王の恩赦を受けて帰国、空気が一変した。

 サム・ランシー氏は2009年、現政権のベトナムに対する姿勢を非難し、ベトナムとの国境を定める杭を抜いたため、器物損壊などの罪に問われた。2010年、同氏は国会の不逮捕特権をはく奪されたためフランスに渡り、カンボジアではこの件について本人不在のまま懲役刑が言い渡された。

 以後、身柄拘束を避けるため、カンボジア国外で政治活動を続けていた同氏だが、国王の恩赦を受けて7月19日に帰国。党首を迎えようと、空港周辺の道路は支持者で埋め尽くされた。

与党と野党で食い違う集計結果

 選挙は即日開票だったが、まだ中央選挙管理委員会の公式発表は出ていない。だが、与野党それぞれが独自集計で、「自らが勝った」と表明している。

 与党・人民党の報道官は投票日の夜、非公式な集計としながら、人民党が68議席、救国党が55議席を獲得した、と語った。

 改選前は、人民党90議席、救国党を構成する旧サム・ランシー党と旧人権党は合わせて29議席だった。人民党が辛勝したものの、与党は大幅に議席数を減らし、野党は大躍進という結果だ。

 人民党報道官は「我々にとって、目が覚めるような結果だった」と述べ、国民の与党に対する不満や批判を甘んじて受ける姿勢をみせた。

 しかし野党・救国党は開票翌日、「この結果を受け入れない」と強気の表明。投票日に、投票人名簿に名前がない、他人がすでに投票していた、与党の票を増やすためにベトナム人が投票していた、などの不正や不備が多くみられたとして、国際社会もまじえた合同調査委員会の設置を求めた。

 そして、その2日間後の7月31日にはサム・ランシー党首が「野党は少なくとも過半数の63議席を獲得しており、この選挙に勝利している」と述べ勝利宣言した。

 野党の集計が正しければ、野党の大躍進どころか、政権交代である。

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