今週はこれを読め! SF編

「少し不思議」のSFも良いけど、ぼくはむしろ「凄く不思議」のSFをもっと読みたい。新千年紀開幕後のレースでは、これまでグレッグ・イーガン(豪)とテッド・チャン(米)のメタフィジカル・ボンバーズ----形而上学的テーマを先端科学っぽいロジックで展開する----がぶっちぎりだったが、いま、このツートップをぐんぐん追いあげているのがチャイナ・ミエヴィル(英)。ちょっと凄いよ、このひとは。



 代表作は、植物・昆虫・両生類・鳥類型の知的生命と人間とが共存している退廃のメガロポリスで異端科学絡みの厄災が勃発する『ペルディード・ストリート・ステーション』(2000年)、地理的に入りくみ生活圏が重なっているふたつの国があり、それぞれの住民が互いを認識しない(見て見ぬふりをする)文化規範が浸透しているなか、不可解な殺人が起きる『都市と都市』(2009年)、ふたつの声帯からの同時発話という特殊言語を持つ異星知性体アリエカとの外交において、人類がおこなった意思疎通の企てが麻薬禍のような惨事を引きおこす『言語都市』(2011年)。いずれも巻を開いたとたん、読者は異様な世界にいきなり放りこまれるわけで、「ここではいったいなにかどうなっているのか」をしばらく手探りしなければならない。しだいに視野が開けてくる(見知らぬ世界を把握していく)過程が、「凄く不思議」SFを読む醍醐味だ。しかし、なかには、こんなのわかんなーいと投げだしてしまう読者もいるだろう。SFってムズカシイ。それは残念。



 しかし、安心召されよ。この『クラーケン』はぜんぜんハードル高くありません。物語がはじまるのは現代のロンドン、自然史博物館の館内だ。主人公の学芸員ビリー・ハロウがお客さんをダーウィン・センターのツアー案内しているので、読者もそれについていけばいい。



 ツアーの目玉は巨大なダイオウイカだが、なんとその標本が水槽ごと消えていた! だれが? なんのために? どうやって?



 さらに博物館の地下にある保管区域で、古いガラス容器につめられた惨殺死体が発見される。ビリーの身辺にも不穏な気配が漂いはじめる。捜査にやってきたのは、警察の特殊チーム《原理主義者およびセクト関連犯罪捜査班(FSRC)》。つまり、この事件にはカルト集団が絡んでいるのだ。最初に疑われるのはダイオウイカを崇めるクラーケン神教会だが、やがていくつもの狂信集団や闇の勢力が鍔迫り合いを繰り広げていることがわかってくる。いっけん平和に見えるロンドンだが、表の現実だけで存在しているのではなく、それよりも濃厚な裏の世界がうごめいていたのだ。



 ここからミエヴィルのギアは全開、「凄く不思議」へと驀進していく。オカルト倫敦というか、もうひとつの帝都物語というか、さまざまな歴史や文化をひっくるめて魔術・暴力・陰謀の巷がめきめき姿をあらわす。



 そのマガマガしい世界を描きだすミエヴィルの筆致がじつにユニーク。このひと、ぜったいオタクだよね。とにかく、ちりばめられた引用がハンパじゃない。古典文学からSFやファンタジイ、スタトレやバッフィーなどの人気ドラマ、古今の美術、博物学や生物学のあれこれ......。クトゥルーあたりは定番ネタだけど、なかにはよっぽどのマニアじゃないとピンとこないよというものもあって、すっかり遊んでいます。



 既存アイコンの使いまわしだけでなく、オリジナル要素の凝りようもオタクっぽい。



 たとえばキャラクターの造形。FSRCの巡査キャス・コリングズウッドは超能力を持ち、平然と他人に煙草の煙を吹きかける高飛車女。カルト研究の専門家ヴァーディ教授は、霊魂創造信徒として育てられたものの理性的すぎて信仰を維持できなかった過去があり、心の隅では信仰を希求している屈折男。ビリーたちを苦しめる敵役タトゥーは、身体を失って他人の皮膚に寄生して(その名の通り刺青として)いるが、口先だけで人を操って残忍な犯罪を成しとげる極悪人。



 細かいアイデアも妙なひねりがあって面白い。日本古来の技法を応用して嵩のある物体をコンパクトに"たたむ"オリガミ師、とか(人間は面が多いので折るのはたいへんらしい)。ロンドン中の使い魔たちには労働組合があり、待遇改善を求めてストライキをする、とか(そのために大事な局面で非組合員のショボイ使い魔を雇うしかなくて、主人公側はちょっとピンチに陥る)。古文書から現代の紀要まで、その記述内容をいちいち読むのではなく、紙とインクへ還元しその成分を吸収することで生きた情報を得る秘法、とか(イカの墨もそうした生体情報機構らしいが、よくわからない)。



 こうした、ぎんぎんにタチまくりのキャラと、さえさえにキレまくりのネタをこれでもかとばかりに投入しながら、物語はくるくるくるくる局面を変えていく。上下巻合わせて約850ページのボリュームだが、最後の100ページに差しかかるまで、だれが敵か味方か予断を許さないし、ダイオウイカが世界を終末に導く(そう、これはそういう大風呂敷の物語なのだ!)理由づけも判然としない。謎が謎を呼ぶ。しかも、残り30ページのところで、追い討ちの大どんでん返しが! 



 読んでのお楽しみだが、オタク好みのキャラやネタがそんなふうに伏線になっていたのかと唖然。やっぱ、ミエヴィル凄えな。



(牧眞司)




『クラーケン(上) (ハヤカワ文庫 SF ミ 2-5)』
 著者:チャイナ・ミエヴィル
 出版社:早川書房
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