元祖と全然違う。『ガッチャマンクラウズ』は何から何まで型破り。それでいて元祖のネタも盛り込まれているこの不可思議アニメ、一体なにがすごいのか徹底紹介。

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今年はタツノコプロ50周年。
『科学忍者隊ガッチャマン』が1972年放映なので40周年越え。
ということでTVアニメ『ガッチャマンクラウズ』が放映されています。

ガッチャマンつうたら、大鷲の健とか、白鳥のジュンとかねえ。科学忍者隊で火の鳥じゃないですか。
それの現代版なんだろうな、空の彼方に踊る影で、地球はひとつだよな、と思って見た第一話。

金髪の少年? やたら文房具フェチの少女?
パンダ? オカマ?
常に水着の少女? 生活密着型のネットワークシステム?
そもそも……戦ってない?

……なんだこれ!? 「ガッチャマン」っていう単語は確かに出てくるけど、ガッチャマン的なことしてないぞ。
しかも色がとにかくド派手。僕の知ってるガッチャマンと違う。
これは……一回ガッチャマンであることを忘れよう。
このアニメの何がすごいのかちょっとあげてみます。

1・型破りヒロイン、一ノ瀬はじめ
今回の新ガッチャマン、根本からひっくり返すのが主人公の少女、一ノ瀬はじめ。
この子が、割と成り行きで「ガッチャマン」になるんですが、戦うとか、そういうことを全然考えていない。
先輩は戦おうとするのですが、彼女は戦いません。ひたすら破天荒。

先輩と一緒に戦っている最中、敵(?)を「なんか違う」といって逃がす。
消防署の所長や立川市の市長から子供まで、みんなマブダチ。
通学路を暴走する車を「病人が乗ってたかもしれないっスよ?」飄々と肯定。

ポジティブという領域を超えています。この子が正しいかどうかは、見てもらう以外ないです。
ひとつ言えるのは、バカではなく、彼女なりの論理行動に基づいて動いているということ。
それは「何とでも分かり合うことはできる」というもの。
どんなものでも、視点を変えたら世界は違って見える。それを常に体現します。

どちらかというと先輩のカタブツ目線の方が、いわゆる「一般常識」に近いのですが、いつもはじめちゃんに言いくるめられるので不思議な気持ちになります。
世の中はマルかバツかの「解答」だけはなくて、もっと曖昧で感覚的なもので、そのファジーな部分で分かり合える、という彼女の言動。見ていると驚かされることばかりです。

2・敵がいない
「我々は日々敵と戦っている」。
先輩をはじめ、ガッチャマン……にあたる謎の組織は、メスと呼ばれる「混乱・滅茶苦茶」な未確認生物と戦っています。
それが人間社会に被害を及ぼすからです。「善」に見えます。
しかし、はじめちゃんは、「何か理由があるかもしれない」という考え方で、どう出会えるかを考えて行動します。
なので、ガッチャマンになっても、はじめちゃんは戦いません。
その他にも色々な考えを持つキャラがいるので一概に言えないのですが、はじめ論理で描かれるこの作品、ガッチャマンという集団はありながらも、敵と味方という考え方は曖昧になります。
人間を何かから守る、というのが希薄。「みんなそれぞれ理由があって、出会えればいい」という考え方です。

最近地味に「敵というものは存在しない」というアニメじわじわ増えています。
なので最近のアニメを見ている人なら、非常にさっぱりした気持ち良い内容です。
人間同士のトラブルも、性善説的にどんどん解決されていきます。
あれ? じゃあなんでガッチャマンという団体が存在するんだろう?
イメージとしては女神転生シリーズの「カオス」がメスや累やベルク・カッツェ、「ロウ」が先輩、「ニュートラル」がはじめちゃんだと思うとわかりやすいとぼくは考えていますが……今後果たしてどうなることやら。

3・ネットワーク「ギャラックス」
一人一人がアバターを持って、仮想の空間でどんどんつながるのが「GALAX(ギャラックス)」というSNSシステムです。
Twitterやフェイスブックやmixiと限りなく似ています。それにiPhoneのSiri機能がくっついたような感じ。
まず自分の悩みや情報をスマホに話しかけると、問題解決のための検索がはじまります。
検索によってしてネットから情報を集め、同時に周囲にいる人間の能力をピックアップ。その相手ユーザーにトラブルの内容を伝えます。
たとえば「けがをした」と言ったら、処置能力を持った近くの人のギャラックスに連絡が行き、けが人の報告をする。
ユーザーは、好意でかけつけて応急処置をする。
『サマーウォーズ』のシステムとも非常に似ていますが、このシステムの面白いところは、人助けをするとミッションがコンプリートされ、ポイントが溜まって「アップデート」されること。
つまり、このアップデートシステムのおかげで、デマが流れづらい。人間の好意を信じまくったシステムです。
うーん、現実で例えるなら、「いいね!」ボタンがあっても「だめです」ボタンがないようなもん、だと思います、今のところ。
こんなこと可能なのか!?……というのを、作中で表現・実証していきます。
確かに胡散臭い。でもはじめちゃんも有効活用していますし、3話時点ではとても効果的です。
街中に貼られた「世界をアップデートさせるのは、ヒーローじゃない。僕らだ。」の標語も意味ありげ。
アップデートってそもそもなんだろう? っていうかガッチャマンなんのためにいるの? いらなくね?
極めて性善説的、でもなんか裏がありそう。ここがガッチャマン「クラウズ」の名前に引っかかって、深読みさせてきます。
「クラウドサービス」の「CLOUDS」ではありません。「雑然とした集合体」「群衆」という意味の「CROWD」+「S」なのでチェック。

4・不思議なアクションシーン
スーツは、かつてのガッチャマンスーツではありません。メカメカしい、スタイリッシュなデザインになっています。
「ガッチャマン」になった、と言われている人間は、連絡を取り合えるノートを入手します。
『まどか☆マギカ』のソウルジェムに近いもので、戦闘中に弱点になるらしい、んですがそんなヘビーそうな様子微塵もありません。むしろはじめちゃん楽しそうです。デコったりしてます。
武器(とも言い切れない)もその人の精神にあわせたものなんですが、先輩はまっすぐまじめに任務を果たそうとするから刀。
はじめちゃんは、使い方によっては武器にも、生み出す道具にもなるからハサミ。
戦闘シーンは、特別な能力を最初からばんばん使いまくりますが、それらの解説は一切なし。バードミサイルは出て来ません。
とにかく、映像的に面白ければOKという見せ方。あとははじめちゃん理論(「分かり合おう・出会おう」)にのっとっているので、戦闘とはいえない奇妙なアクションが続きます。
他のガッチャマンは変身まだしていません。何もかも好意的に肯定し続けられるのか? 今後トラブルにどう対処するのか見ものです。

5・元祖「科学忍者隊ガッチャマン」との関係は?
面白いのは、完全パラレルではなく、ところどころに「科学忍者隊ガッチャマン」のにおいを漂わせているところです。
たとえば、はじめちゃんをガッチャマンにした謎の老人J・J・ロビンソン。
神様的な存在の彼の声優さんは森功至。元祖でリーダーの大鷲の健を演じていた声優さんです。
SNS「ギャラックス」のユーザーを「ギャラクター」と呼んでいますが、ギャラクターといえば、元祖の敵組織です。
その「ギャラックス」を用いて成長する人工知能が総裁Xと呼ばれています。これも、初代では謎のギャラクターの支配者として、IIで正体があかされる存在として登場しています。
そして、自らを宇宙人と呼び変身できる、敵か味方かわからない存在ベルク・カッツェも登場。これは、初代では雌雄同体のミュータントで、変装をしたり、女性に変身できるギャラクターの首領でした。
あとはまだ変身しておらず無気力なG-89の丈(じょう)なども登場していますが、コンドルのジョーと関係あるかは不明です。バードミサイルは撃ちません。
G-3は元祖だと白鳥のジュンですが、この作品のG-3はパンダみたいなパイマン。はじめちゃんはG-101ですからまあ多いのなんの。
おまけ程度にいれた、というには意味深すぎる絶妙バランスでいれられた1970年代の元祖の要素。2010年代ノリの斬新なし天のこの作品で全く違う立ち位置になっているのは、比較してみると非常に興味深いです。


かつてガッチャマンが好きだった人も、全くガッチャマンを知らない人も楽しめる作品に仕上がってます。
なんせガッチャマン放映時生まれていない人の方が圧倒的に多いと思われる現在、こういう「完全に別の話」として、映像美重視、テーマ重視の展開でがらっと作りなおしたというのは非常に好感が持てます。
人情話でもないし、ギャグでもない。非常に不思議な「超性善説」アニメ。
でも、はじめちゃんの、なんでも前向きに捉えよう感覚、いやみがないので見ていてとっても元気が出るのです。

眉毛ふとくてかわいいしね。おっぱい大きいしね。
大きいしねおっぱい。

『Crowds』ガッチャ盤

(たまごまご)