NY発 ファイナンシャルINSIDE_8月号
5月下旬の日本株急落は欧米メディアもトップ記事にしたが、相場実勢に関係あろうがなかろうが、とにかくコメントを提供している関係者を探して「場況」記事を掲載した例が目についた。場況はあくまで参考情報であることを忘れないようにしたい。


日本株が7%急落した5月23日。日本語メディアだけでなく、欧米メディアは株価急落をトップ記事にした。古今東西を問わず相場は経済記事の花形である。

「債券相場では――」。筆者が新人として最初に書いた記事は金利動向だった。業界で相場原稿は「場ば況きょう」と呼ばれ、若手が最初に指名される担当である。「場況」は「相場」と「実況」の合成語。株式、商品からデリバティブ(金融派生商品)まで多種多様ある。

競馬などの実況中継と違うのは、実際に勝負をしている「選手」に対して「試合中」に取材することである。「選手」というのは競馬なら馬とジョッキー、野球なら選手と監督だろうが、「場況」では実際に相場を張っているトレーダーや投資家に話を聞かなければならない。ニューヨークでは2008年に破綻したリーマン・ブラザーズが取材に協力的で、トレーディング・フロアに入って取材した記憶がある。

「話を聞く」が「場況」取材の必要条件とすると、「コメントを実名で載せる」というのが記事を書くアウトプットでの必要条件である。記事に迫力を持たせるためにも、コメントを提供した発言者に責任を持たせるためにも、実名主義が原則だ――と新人記者は最初に叩き込まれる。

?ポジショントーク〞といって、自分が抱えた持ち高に有利な我田引水型の発言をする人が世の中にいる。株を売りたい人なら読者が株を買うように景気のよい話をするだろうし、債券を持っている人なら景気が悪くて金利が低下する(債券価格が上昇)ようなコメントをしがちである。実は、これらの理由はあくまでも大義であり、実名主義には裏の狙いがある。記者の原稿を添削するデスクの本音としては、「執筆する記者に嘘を書かせない」という手下に対する不信感が根っこにある。

記者は朝から晩まで忙しい。もちろん、不届き者もいる。実名主義を貫徹しないと、コメントを捏ねつ造ぞうする輩も出てくる。虚構原稿だけは何とか防がなくてはならない。たとえば、米国の某通信社。実名主義を徹底しているメディアとして有名だが、内部者に聞くと、これは急速に海外進出した新興メディアがゆえ。新興国で新米記者を雇う例が多く、質を維持するにも必要不可欠なルールだそうだ。

だが、ルールが形式化すると逆手に取る輩が出てくる。「実名さえ取ればいいのだろう」と相場実勢に関係あろうがなかろうが、とにかくコメントを提供している相場関係者を探す。外国人動向を地場証券に語らせるのは最たる例だろう。

「場況」執筆の裏話をあえて紹介したのには理由がある。5月23日の急落劇の原稿でも、欧米メディアを中心に実名主義の「モラルハザード」が目立った。国内証券の違いなんてわからない本国のデスクをだますのはたやすいことだろう。「場況」はあくまでも参考情報であり、投資を決めるのは自分の頭である。

松浦 肇(Hajime Matsuura)
産経新聞ニューヨーク駐在編集委員

日本経済新聞記者、コンサルタントなどを経て現職。ペンシルベニア大ウォートン校、コロンビア大法科大学院、同ジャーナリズム・スクールにて修士号を取得。




この記事は「WEBネットマネー2013年8月号」に掲載されたものです。