アベノミクス相場の死角はどこにあるのか?
5月23日に日本株が急落を演じて世間の注目を集めたが、アベノミクス相場の特徴は円安=株高、円高=株安の図式。米国のFRBが量的緩和を打ち切れば、様相が異なってくる可能性がある。金融市場、つまりマーケット主導だけでは、実体景気をどこまで押し上げて株高を定着させられるかは未知数なのである。


昨年11月中旬から、1ドル=80円前後だった円が下降、8600円台だった日経平均株価は円安とともに上昇を続けた(下部の上のグラフ参照)。

一方、下部の下のグラフは日経平均と円の対ドル・レートの変動を比較している。年初以来、5月中旬までの国内市場の営業日ベースで7日前の各相場の増減率の推移を追うと一目瞭然だ。株価は円高に振れると下がり、円安で上がっている。前日比で見れば、逆に動く日もないわけではないが、数日以上の期間に広げてみると株と円相場の振幅は常時同調することが見えてくる。程度は別にして、円安=株高、円高=株安という図式が「アベノミクス相場」の特徴なのだ。

円相場水準は日米のお札の刷り具合で決まる。厳密に言えば、日銀による円の発行量(現金発行量と金融機関が日銀当座預金に留め置く資金量の合計=マネタリーベース)とFRB(連邦準備制度理事会)のドル・マネタリーベースの割合が決め手となる。

白川前総裁時代、日銀は円の新規発行を小出しでしか増やさないのに、FRBは2008年9月のリーマン・ショック後、猛烈な勢いでドルを刷り続け、昨年12月時点でもFRBが刷る1ドルに対して日銀は50円弱しか発行していなかった。それが超円高の背景にあるとみた黒田総裁・岩田副総裁の新日銀首脳部は、マネタリーベースを来年末までに2倍にする「異次元緩和」政策を4月4日に打ち出した。量的緩和期待が先行していた外国為替市場では円安基調に向かった。

円相場がマネタリーベース増加のテンポに追随するとすれば、年末には1ドル=120円台以下まで下がるとの予想も成り立つ。それに引き寄せられるようにして、株価は上昇を続け、年末は1万8000円台になるとの単純な計算も可能かもしれない。

だが、円の対ドル相場が一本調子で円安に傾くとは考えにくい。その背景にはFRBによる量的緩和(QE3)がある。米国は今年に入って、毎月平均800億ドル余りのドル資金を追加発行しているが、これは毎月単純平均で約5兆7400億円相当のマネタリーベースを増やす計算になる。日米のお札の増量規模で見ると、日銀は1ドルに対して72円弱のお札を発行する程度にとどまる。それでも、市場での円安期待が強いのは、米国の景気回復に伴って、FRBがQE3を打ち切るのではないかという観測が強まっているからだ。

もうひとつ、日本の株価動向のカギを握るのはウォール街である。日本株の売買高の5割以上は外国人投資家によるが、その本拠はウォール街にある。

ウォール街の機関投資家はグローバルに株式投資しており、日本株の保有比率を決めている。米国の株価上昇に伴う日本株の比率の低下を避けるために、日本株を買い増す。彼らはすべてドル建てで計算するので、円安の場合も日本株のドル建て額が下がるので日本株を買い足す。米国株高と円安で日本株を買い、米国株安か円高の場合は日本株を売る。売り買いはコンピューターによる自動操作によるので、瞬時に実行される。FRBがQE3を打ち切れば黒田日銀の異次元緩和の威力が増し、ドル資金に比べた円資金量が増えて円安に振れ、日経平均は上昇気流に乗るかもしれない。だが、米国の株式市場はFRBによるドルの輸血が止まると市場が大きくふらつく恐れがある。リーマン・ショック後、FRBがQEを中断して資金供給を増やさないときに米国株は下落しがちだった。

日本はまだまだ楽観できない。金融市場、つまりマーケット主導だけでは、実体景気をどこまで押し上げ、株高を定着させられるかは未知数である。安倍首相はこの秋には予定通り来年4月に消費増税に踏み切るかどうかを最終決断するが、「15年デフレ」が短期で解消されるはずはない。デフレ下の消費増税は円高・株安ムードを再燃させる危険が大いにある。円安・株高の軌道固めを優先すべきだ。





田村秀男(たむら・ひでお)
産経新聞社特別記者・編集委員兼論説委員

産経新聞社特別記者・編集委員兼論説委員。日本経済新聞ワシントン特派員、米アジア財団上級フェロー、日経香港支局長、編集委員を経て現職。『人民元・ドル・円』(岩波新書)、『円の未来』(光文社)、『人民元が基軸通貨になる日』(PHP研究所)、『財務省「オオカミ少年論」』(産経新聞出版)など著書多数。今、政府・日銀の金融経済政策運営に対して数多くの有益な提言を行なう気鋭のジャーナリストとして注目を集めている。



この記事は「WEBネットマネー2013年8月号」に掲載されたものです。