今週はこれを読め! ミステリー編

 ジョン・ワトスン医師はルームシェアの相手を探しているうちに、初対面の自分の過去を、「アフガニスタンに行っておられたのでしょう?」と一目で見抜いてしまう不思議な男に出会った。たぐいまれなる諮問探偵、シャーロック・ホームズその人である。
 ではそのとき、ワトスンが出会ったのが1人ではなかったら?
 ルームシェアを考えている「探偵」が同時に2人現れてしまったら?
 そんな状況を描くのが森川智喜『一つ屋根の下の探偵たち』だ。作者は京都大学推理小説研究会出身で、過去に講談社BOXから名探偵三途川理シリーズの著作を2篇出している。今回は、より一般向けの作品でお目見えしたわけである。

「私」こと、浅間修はエッセイの著作が賞を得たことから物書きの道を歩むことになった。だが、駆け出し作家には金がない。そこで先輩の伝手を頼ってルームシェアをすることを考えたのだが、偶然から同居相手が2人も現れてしまう。如才ないタイプで活動的な町井唯人と、勤労は愚民のすることであるとばかりに睡眠の快楽に耽る天火隷介。まったく対照的な人柄だが、両者には共通点があった。2人とも探偵業を生業にしていたのである。
 顔合わせの場となったファミリーレストランで、浅間はいきなり度肝を抜かれることになった。初対面の相手が、自分のことを知りすぎるほどに知っている----。

「----あなたは、前によくこの店を利用されていましたね。でも、最近はあまり利用されていません。違いますか?」

 そう言って町井は、見事な分析を披露してみせたのである。だが、それを横で聞いていた天火は町井の推理を「長すぎる」と批判し、もっと短い言葉で浅間の過去を明らかにし始める。
 相譲らぬ推理合戦である。こうして2人の変人探偵と浅野の同居生活が始まった。探偵たちは部屋を住居兼事務所として使いたがったため、折衷案としてやむなく「アサマ探偵事務所」との看板を掲げることになった。どっちの探偵の名前にしても喧嘩になるしね。

 冒頭部をご紹介したが本書は長篇で、2人の探偵が1つの不可解な事件の謎解きに挑むことになる。山間に建てられた倉庫の中で旅亭経営者が変死体となって発見された。遺体発見時、倉庫の扉は内側から鍵がかけられていたが、経営者はもちろんそれを解除することができたのである。にもかかわらず彼は「餓死」してしまった。なぜ扉を開けて外に出て行かなかったのか。うっかり餓死するほど、被害者は慌て者だったのか。
 浅間は2人の探偵の活躍を原稿化することを思いつき、出版社からの承諾も得た。ただし予算が出るのは1人分の協力費のみである。協議の結果、町井と天火が推理コンペを行い、勝ったほうに報酬が支払われるということに相談がまとまった。果たして軍配はどちらに上がるのか。

 努力と行動の町井と、省力と閃きの天火、タイプが違う2人の探偵の推理が楽しめる作品である。仮説が提示されては否定され、というスクラップ&ビルドが贅沢で、真相が明らかにされるまで何度も推理開陳の興奮が味わえる。
 探偵2人はどちらも申し分なく変人だが、特に「惰眠を貪る時間を確保するため、とんでもない集中力で仕事に取り組む」天火がいい味を出している。また、町井は町井で「常軌を逸した頑張り屋」が、どれほど非常識な行為をとるか、ということを読者に思い知らせてくれるだろう。一粒で二度美味しいとはこのことです。もちろん浅間と2人の美味しい場面もあるので、そういう趣味の方も乞うご期待。薄い本が出るのかな、薄い本が。

(杉江松恋)



『一つ屋根の下の探偵たち』
 著者:森川 智喜
 出版社:講談社
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