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皆さん、こんにちは。フィスコリサーチレポーターの三井智映子です。今日は日本の株価が歴史的にどう変わってきたかについて書きたいと思います。

○20年に1回くらいの割合で、株価に変化をもたらす「事件」

まず日経平均株価のおさらいをしましょう。日経平均株価は、日本経済新聞社が公表する 日本の株式市場を代表する株価指数で、東京証券取引所に上場する225銘柄の株価平均に除数を修正して算出されるもの、ですよね。

1878年に東京株式取引所が設立されたことで、日本における本格的な市場経済がスタートしました。そこから現在に至るチャートを見てみると戦争、恐慌、インフレやデフレ、バブルとその崩壊、続く不況に災害など、株式市場では20年に1回くらいの割合で株価に変化をもたらす「事件」が起こっていることがわかります。はじめ日本は今で言う新興国という位置付けでした。新興市場ということでボラティリティが高かった日本市場は日清戦争と日露戦争のときにはバブル的な高騰を見せます。

巨額の財政出動が行われたために戦争関連企業を中心に株は買われたわけです。特に日露戦争のバブルは目を見張るもので、株価は2年間で6倍以上に跳ね上がったようです。金本位制が確立したことも資本主義経済システムを構築する上で大きなプラスでした。第一次世界大戦が終了すると反動不況で日本経済は長期のデフレに突入します。

経済のグローバル化、銀行の不良債権などの難題を抱えた日本は、関東大震災や世界恐慌の向かい風を受けて大打撃を蒙ります。対外戦争や統制経済で立て直しを図りますが、膨れ上がる債務によるハイパーインフレに国民は苦しむこととなるのです。太平洋戦争の敗戦で閉鎖されていた証券取引所での株式取引が再開されたのは1949年5月。株式市場はインフレによってパフォーマンスが低い状態が続いていたものの制度面の整備が徐々にインフレに追い付いてきました。

○戦後からバブル景気、そしてバブル崩壊…アベノミクスでどうなる?

戦後高度成長期を迎えた日本は、太平洋戦争の敗戦で焼け野原となった国土の復興を見事成し遂げ、驚異的な戦後成長をみせます。朝鮮戦争特需、神武景気、岩戸景気の波に乗り一時は世界2位の経済規模を持つに至ったわけです。1985年のプラザ合意では1ドル240円から1ドル120円まで急速な円高がやってきました。輸出大国だった日本は円高不況に陥ります。慌てて公定歩合を引き下げた日本で溢れたマネーが投機に向かい、1987年から1990年にかけてバブル景気に突入します。

このバブルは1987年アメリカでのブラックマンデーも影響していると思われます。日本の金利を引き上げれば、アメリカから大量の資金流入とさらなる暴落が予想されるため日本は公定歩合をすぐには引き上げられなかったのではないでしょうか。1989年から金融引き締め政策に転じたことで、バブル時の1989年に最高38,915円だった株価も1990年には20,000円を割り込みました。あっという間にバブルは崩壊したわけです。

とはいえバブル崩壊後も1992年末頃までは、バブルの余韻が色濃く残っていたようです。その後日本経済は長い不況に苦しむこととなりました。1997年の消費税率の引き上げで3%から5%になったことや、山一証券や北海道拓殖銀行などの大型倒産が相次いだことなどもあり、1997年の実質経済成長率は、オイルショック以来23年ぶりにマイナス成長となりました。その後、アメリカ合衆国の市場を中心に起ったインターネット関連企業の実需投資や株式投資のバブルの影響から日本にも1999年にIT景気がやってきます。しかしすぐにITバブル崩壊によるデフレ不況を迎えたことは記憶に新しいですね。

そして2007年6月22日、米大手証券傘下のヘッジファンドが、サブプライムローンに関連した運用に失敗したことが明らかになり、7月10日には米格付け機関のムーディーズが、サブプライムローンを組み込んだ住宅ローン担保証券、RMBSの大量格下げを発表して金融収縮が始まりました。これがサブプライムローン問題です。

さらに2008年のリーマン・ブラザーズの破綻も世界に影響を与えました。世界的な金融不安の中で2008年10月には、日本の株価はバブル後最安値を更新し、2009年以降の日経平均株価は10,000円前後を推移していました。2011年3月の東日本大震災以降はさらに落ち込み、株価は9,000円台、8月からは8,000円台となりました。

2012年末にアベノミクス効果で円安化と平行して株価は再度上昇します。翌1月末、2月末、3月末、4月末にはそれぞれ、11,139円、11,559円、12,398円、13,861円とリーマンショック後の最高値を更新して行きましたね。14,731.28円(7月24日終値)。乱高下や調整を繰り返しながら株価がどこまでいくのか、今後も目が離せません。

○執筆者プロフィール : フィスコ リサーチレポーター 三井 智映子

共立女子中学校・高校を経て、早稲田大学政治経済学部へ。2001年から芸能活動を開始し、現在テレビ、CM、舞台などに出演。また、いち消費者とアナリストの中間的な存在であるフィスコのリサーチレポーターとしても、株式やFXの現場を取材レポートしています。

(フィスコ)