春子の部屋~あまちゃん 80's HITS~ビクター編
監修・選曲 宮藤官九郎
ビクターエンタテインメントより8月28日発売予定
ソニーミュージック編もあり

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「あまちゃん」16週、91〜96回「おらのママに歴史あり2」で得た、メモしておきたい最大の教訓は、アキ(能年玲奈)のマネージャー・水口(松田龍平)の「睡魔と闘いながらいいことを言うの難しい」(土曜96回)でした。

それよりなにより、16週で明かされたアキの母・春子(小泉今日子)の衝撃の過去には、日本列島が脳内メーカーのように「じぇじぇじぇじぇじぇ」の文字で埋め尽くされたことでしょう。
「じぇじぇじぇ」って響きはなんだかフランス語みたいにも聴こえると前々から感じていましたが、今週ほど「じぇじぇじぇ」がフランス映画にあるような虚無感やデカダンを帯びて聴こえたことはありません。
春子が、鈴鹿ひろ美の影武者となって「潮騒のメモリー」を歌っていたなんて、ああ無情(仏語にしたらレ・ミゼラブル)です。

この「おさらい『あまちゃん』」でも、鈴鹿ひろ美(薬師丸ひろ子)が「潮騒のメモリー」のことを覚えていないことと、薬師丸の主演映画「W の悲劇」の代役エピソード、繰り返される「落武者」「影武者」ネタなどをひっくるめて考えて、何かあるとふんでいましたがやっぱりでした。
そして、これは12週の70回でも匂わされていたのです。
アキが「ママの歌(潮騒のメモリー)を聞いたときにアイドルになりたいと思った」と言い、ママの歌が「かっこよかった」と言います。
その後「鈴鹿ひろ美の歌もかっこよかった」とアキが言うと春子は少しくらい顔をしますが、アキは「ママのほうがホンモノだと思った」と続けるのです。
アキは本能で感じていたんですねー。
そして、そのときの春子の憂いのある表情が妙に後を引くものでした。
春子のこの表情の真実がわかる日をこの数週間、毎日待っていたといっても過言ではありません。

ついに明かされた春子の過去によって、週の前半に描かれたアキとユイ(橋本愛)のぶつかり合いと仲直り、東京から水口がアキを迎えに来て、GMTのメンバーやあんべちゃん(片桐はいり)の声も入った留守電を16回もかけていた感動エピソード、アキの初出演ドラマの登場シーンが大幅にカットされていたという残念事件の影がすっかり薄れてしまった感がありますが、いいのでしょうか、こんなに1週間に起きる事件が具だくさんで。
本当にユイはアイドルを諦めて、アキに夢を託してしまったの? そして、ユイがアキに渡した天然石のブレスレッドは琥珀なの?
このへんのことがサクサク描かれてしまったのがちょっぴりさみしいかも。
また、ユイ推しだった水口がいつの間にかアキの魅力にハマっていくというところも、北三陸時代、わりとアキのほうが面白いと思ってなかったっけ? という疑問もチョコチョコとあったりなかったりです。
まあ、それは置いておきましょう。それだけ今週明かされた春子の歴史は、予想してはいたもののキツかったのです。
ヤング春子は、このまま(鈴鹿の影武者を)やっていたら永遠にデビューできないことを自覚しているし、太巻(古田新太)に(時期を見てデビューできるようにするというようなことを言われるが)だまされていることがわかっていながら、それでも彼を頼るしかなかった。こんなふうにグラングランに揺れている状態が、身につまされる人も多いのではないでしょうか(涙)。

デビューできないまま二十歳になってしまった春子は、鈴鹿ひろ美の知名度を使って「潮騒のメモリー」のカバーでデビューしたいと太巻に言い出すところまで追いつめられていきます(涙)。
太巻は、2013年現在復活中のプロデューサー巻きこと肩掛けカーディガン姿も、脇に手を入れるポーズも、なんだかとってもうさんくさいのですが、春子の意見を「禁じ手」だと批判。案外正当派な一面を見せます。春子のことを騙してはいなくて、ちゃんと売り込んでいたという話も出てきます。

でも当の本人春子が激しい苛立や焦燥感を覚えるのは仕方ないです。崖っぷち・ヤング春子を演じる有村架純に今週は釘付けになりました。
特に、金曜日95回。鈴鹿ひろ美に代わって「潮騒のメモリー」をレコーディングしているときの表情の愛くるしさは何! いったい何!
伏し目がちな瞳と幸福そうな微笑み、ヘッドフォンをもつ手の指先も一寸のスキもないほど完璧なラインを有村架純が形作っていたこの日・7月19日は脚本家・宮藤官九郎の43回目の誕生日でありました。おめでとうございました。
さらに面白かったのが、鈴鹿ひろ美の代わりに歌っているのはヤング春子・有村ですが、声は小泉今日子という、シャドウが三重になっているところ。もう何がなんだかわからなくなってきます。芸能界ってそれだけ複雑で奥深い・・・のかな?
それから、演劇ファンなら、純喫茶アイドルで、マスター(松尾スズキ)と鈴鹿ひろ美を応援している常連客役に目が吸付けられたことでしょう。有薗芳記です。あんべちゃんこと片桐はいりの代表作である舞台「マシーン日記」(松尾スズキ作、演出)で片桐と濃密な関係性を見せつけていく初代・狂犬のような男役をやっていました(96年初演)。
片桐との共演場面はないけれど、有薗の顔を見てなんだかうれしくなってしまったり、ほかに、アキの声に驚いて自販機で生姜湯を出してしまうアメ女のチーフマネージャー河島(マギー)の姿にも受けたり、とクドカン先生誕生日回はマニアック回だった気がします。
それと、アキが「(母と太巻と鈴鹿ひろ美の)過去を深く知りたい。知る必要があると思ったからです」と決意して、ムードがなぜかミステリー調になっていくようなことも気になります。
ともあれアキは東京に舞い戻り、再び、GMTの活動と鈴鹿ひろ美の付き人をはじめます。アキはこれから何を掘り起こしていくのでしょうか。
17週は「おら、悲しみがとまらねぇ」。もう悲しいのはいやだなあ。でも天野春子名義で発売される「潮騒のメモリー」は心躍るなあ。(木俣冬)

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