ネット選挙の利点と問題点は何だったのか

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選挙今回の参議院議員通常選挙から、公職選挙法改正によって、いわゆるネット選挙が解禁されました。これまでは、選挙期間中に候補者がブログ、ツイッター、フェイスブックを更新することは、公職選挙法第142条が規定する文書図画の頒布に当たるとされ、禁止されていました。それが今回の参院選から解禁されたのです。

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それでは、ネット選挙が解禁される以前の選挙期間は、どのようなものだったのでしょうか。御記憶のある方も多いと思いますが、ネット選挙が解禁される以前から政党は選挙期間中にウェブサイトを更新していました。例えば、何月何日にどこで誰が街頭演説するという日程を更新していたのです。なぜそんなことがまかり通っていたのかと言うと、これは選挙運動ではなく政治活動だという理屈でやっていたからです。ですから、或る程度は既にインターネットが選挙に馴染んでいたと言っていいでしょう。
本稿では、今回のネット選挙について、その実態はどうだったのか振り返ってみたいと思います。私は今回の選挙期間中、各政党、各党首、地元都道府県の候補者のウェブサイト、ツイッター、フェイスブック、グーグルプラス、スマートフォン向けアプリ、LINEを閲覧しました。その体験を踏まえて、感想を申し上げます。

政党及び政治家のツイッター、フェイスブック、グーグルプラスは、いずれも同じような使われ方をされる事例が多かったです。それは、何月何日にどこで誰が街頭演説するという予告と、何月何日にどこで誰が街頭演説したという報告です。これは、ツイッターでもフェイスブックでもグーグルプラスでも同様でした。ツイッターは140文字の字数制限があるのでやむを得ないとしても、フェイスブックでもグーグルプラスでもせいぜい写真が掲載されるぐらいで、使い方はツイッターとあまり変わっていませんでした。これでは、有権者が閲覧しても、投票先を決定する上であまり有益とは言えません。但し一部の政党及び政治家はフェイスブックや字数制限のあるツイッターでも積極的に自分達の考えを論述したり、グーグルプラス上で政治家が喋っているビデオを配信するなどしており、インターネットを有効活用していました。

LINEについては、私は各党の公式アカウントを登録しましたが、こちらもやはり何月何日にどこで誰が街頭演説するとか何月何日にテレビに政治家が出演するとかいう予告が中心でした。或る政党は、話しかけると小ネタを返してくれて面白いのですが、こういうのは、普段、政党への親しみを高めるためには効果を発揮すると思われるものの、選挙期間中に有権者が投票先を決定する上ではあまり意味がありません。但し、一部の政党は大変な長文で自らの政策をLINE上で訴えており、LINEの活用という点では他党よりも進んでいました。
 スマートフォン向けアプリについては、自民党は『スーパードンキーコング2』の「どくどくタワー」みたいなゲーム『あべぴょん』を配信、民主党はユーザーの写真と政治家の写真を組み合わせて選挙ポスター風の画像を作れるアプリを配信。いずれも面白く、政党への親しみを高めるためには効果を発揮すると思われますが、こういうのは選挙期間中に有権者が投票先を決定する上では全く意味がありません。

さて、ネット選挙の効果について、マスコミは色々と指摘していました。ここでは、それらマスコミの指摘を取り上げ、検討してみたいと思います。

まず、マスコミは「ネット選挙によって有権者が政党及び候補者を比べることができる」と指摘していました。しかし、ネット選挙が解禁される以前からネット住民達は常日頃より政党及び候補者を詳しく比較していましたから、この指摘は今回解禁されたネット選挙特有の特徴として当たっているとは言えません。

続いてマスコミは、「ネット選挙によって、候補者の発言がぶれるなどすると問題視されるようになる」と指摘しました。しかし、ネット選挙が解禁される以前からネット住民達は常日頃より政治家の言動に注目し、問題点があれば批判していました。

例えばこちら↓
2009年11月16日投稿「鳩山由紀夫vs.鳩山由紀夫 自らの献金問題を厳しく追及!」http://www.nicovideo.jp/watch/sm8824199

このように、この指摘は今回解禁されたネット選挙特有の特徴として当たっているとは言えません。

3つ目として、マスコミは「ネット選挙によって若者が政治に関心を持つ」と指摘しました。しかしネット選挙においても、若者が能動的にフェイスブック等を閲覧しなければ情報を得られないので、そもそも政治に関心のない若者はネット選挙が解禁されようがされるまいが政治に関心のないままでしょう。

ではネット選挙で得られた成果がなかったかと言うと、そうではありません。今回の参院選の選挙期間中、一部の政党はユーチューブ、ユーストリーム、ニコニコ動画で政治家や候補者が喋っている映像を配信しました。やはり有権者が投票先を決定する上で、政治家や候補者が喋っている映像を視聴するというのは大事なことです。また菅直人元首相は7月15日付の公式ブログで、ネット選挙の意義の一つとして、一般市民の質問に対して菅元首相が回答できる点を挙げていました。政治家や候補者は多忙なので、回答できる質問の量には限りがあるでしょうが、菅元首相の指摘はネット選挙を考える上で意義のあるものです。

本稿の後半では、ネット選挙におけるもう一つの重要な要素である、有権者がインターネット上に書き込む選挙運動について述べたいと思います。

私は選挙期間中、たまたま秋葉原で某政党の候補者の街頭演説を耳にしたのですが、その候補者は、ツイッターに応援の書き込みをしてほしいと訴えていました。これは今回の選挙ならではの新しい演説の形だと思います。またその候補者は、ネット選挙で認められている点と認められていない点を解説していました。街頭演説で、自らの宣伝とは無関係な、制度の解説をする事例もなかなか珍しいと言えます。アニメ映画の舞台挨拶では、2010年頃から司会者がお約束のように「感想をツイッターに投稿してください」と呼びかけるようになりましたが、政治の世界でも同じことが起きるようになったと言えます。

今回の参院選では、ツイッター上に政治に関する大量の書き込みがなされましたが、「○○党に投票しよう」とか「○○候補者に投票しよう」といった選挙活動はあまり見られませんでした。その代わり、多く見られたのは、「○○党はけしからん」という批判、即ち、アメリカの選挙活動において盛んに繰り広げられることで有名なネガティブキャンペーンでありました。日本の公職選挙法では、ネガティブキャンペーンは選挙活動に該当する場合と該当しない場合があるそうです。こうして見ると、今回のネット選挙における有権者のネット投稿活動の特徴は、「どの政党が優れている政党なのか」よりも「どの政党がけしからん政党なのか」を強調していた点にあります。ただ、それらネガティブキャンペーンは、論理的な説明が欠如したものが少なくなかったのも事実です。本来であれば、「○○党の××という政策は△△という理由でけしからん」と批判すべきところ、論理的な説明をすっ飛ばして「○○党はけしからん」と、殆ど印象論レベルの投稿が散見されました。ツイッターは140文字の字数制限があるので論理的な説明をしづらいのか、それとも論理的な説明を書こうとすると時間と労力がかかるので敢えてやらないのか、或いは投稿者に論理的な説明を論述する能力が欠如しているのか、理由は不明です。総務省ホームページによれば、ネット選挙においては「悪質な誹謗中傷行為をしてはいけません」「候補者に関し虚偽の事項を公開してはいけません」とのことですので、ネガティブキャンペーンと悪質な誹謗中傷の境目がどこなのかは今後注目すべき問題です。

総務省ホームページに虚偽の事項の話が出ていますので、ついでに、以前から見られるインターネット上の政治言説についても指摘したいと思います。以前からそうなのですが、ツイッター上で政治に関する書き込みを見ていると、事実と異なる書き込みが異常に多い。例えば去年の衆議院議員総選挙の特別番組で司会者の池上彰氏が公明党の支持母体は創価学会であると紹介した時、ツイッター上では「マスコミは創価学会が公明党の支持母体であることを報じないが池上氏は報じた」という指摘が溢れ返り、上記の指摘が何千リツイートもされました。しかし新聞や雑誌では創価学会が公明党の支持母体であることは年がら年中報じられています。雑誌を読まないのはしょうがないとしても、新聞を読まずにツイッター上で政治についてああだこうだと投稿している人が非常に多いということを物語っています。「マスコミは○○を報じない」という批判はインターネット上では頻繁に見られるフレーズですが、或る時、ツイッター上で「マスコミは○○を報じない」と批判している人がいたので私が「新聞にしょっちゅう載っていますよ」と指摘したところ「自分は新聞を読まない」と返答されて衝撃を受けたこともあります。また去年の衆院選では、ツイッター上で「自民党が与党になったら自民党の思い通りに憲法が改悪される」というネガティブキャンペーンを書き込む人が大量に出現しました。しかし憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で国会が発議し、国民に提案して、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行われる投票においてその過半数の賛成が必要となっています。こんなことは義務教育の公民の授業で習うことですが、義務教育の公民の授業で習う知識すら理解せずにツイッター上で政治についてああだこうだと投稿している人が非常に多いということを物語っています。他にも、言葉の意味を理解せずに的外れな批判をツイッター上に書き込む人や、政党が発表した文書を読まずにその文書について事実と異なる投稿をする人、ヤフーニュースの本文を読まずにそのニュースについて的外れなコメントをツイッター上に投稿する人などが多くいます。自らの意見を表明する場合、インプットとアウトプットという二つの作業が両輪であり、正確な知識を頭に入れ、分からない言葉があったら辞書で調べ、新聞を読み、政党が発表した文書を読んだ上でツイッター等で政治に関する意見を表明すべきなのですが、その優先順位を理解していない人があまりにも多すぎます。ツイッターという楽しいおもちゃを手に入れた人々の一部は、義務教育で習う公民の知識も頭に入れず、新聞も読まず、政党が発表した文書も読まないうちにツイッター上で事実と異なる投稿を繰り広げているのです。ツイッターなんかに書き込む暇があるなら、新聞を読んだり政党が発表した文書を読んだりすべきなのです。仕事などで新聞を読んだり政党が発表した文書を読んだりする時間的余裕がないと言う人もいるかもしれませんが、ツイッターをやる時間的余裕はあるのでしょうか?

最後に、今回の参院選におけるネット選挙の効果を纏めたいと思います。結局のところ、有権者が投票先を決定する上で大事だったのは、今までと変わらず、フェイスブックやツイッターではなく、やはり選挙公約(マニフェスト)や選挙公報や新聞記事であったと思います。
私は選挙の度に駅前の街頭演説で選挙公約を貰ったり地元候補者の選挙事務所を訪問して選挙公約を貰いに行ったりしていますが、紙の選挙公約を全政党分集めるのはやはり困難なので、政党の公式ホームページに掲載された選挙公約にもかなり頼っています。とは言っても、政党が公式ホームページに選挙公約を掲載するのはネット選挙が解禁された今回の参院選特有の現象ではなく、数年前の選挙から行われています。 
選挙公報については、私は新聞と一緒に織り込まれてくるものを毎回の選挙で参考にしていましたが、去年の衆院選では、都道府県の選挙管理委員会の公式ホームページに選挙公報が掲載されていました。それは今回も同様です。ですから、インターネット上の選挙公報についても、ネット選挙が解禁された今回の参院選特有の現象ではありません。
こうして見ると、ネット選挙解禁によって得られた利点は、今回の時点ではあまり多くなかったと言えます。政党・候補者の側も、有権者の側も(私も含めて)、もっともっとより良い政治、より良い選挙を目指すように努力する必要があります。しかし、前述したように、映像配信や質疑応答など、今回ネット選挙が解禁されたことによって新たに得られた利点もあり、ネット選挙の意義は或る程度明らかになったと言ってよいのではないでしょうか。

(文:沢井嘉洋)

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