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このコラムは、大袈裟なネタではないけれど、知っているとちょっと自慢できる「あの街の歴史エピソード」を紹介します。第五回は、横須賀です。

【江戸時代には黒船が来航。海軍とともに歩んできた街】

東京湾の入り口に位置する神奈川県横須賀市は、江戸時代から国防の要とされてきた街です。明治時代には横須賀鎮守府が置かれ、軍港都市として発展しました。現在も横須賀には、地元民には「ベース」と呼ばれるアメリカ海軍の施設や、海上自衛隊の基地が置かれています。

また横須賀は、「開国の街」としても知られています。江戸時代に、アメリカ合衆国の東インド艦隊司令長官ペリー提督が、艦隊を率いて浦賀沖に来航。大統領の親書を江戸幕府の役人に渡し、鎖国していた日本に港を開くよう要求します。

初めて目にした西洋の船の異様さから、このときのペリーの艦隊が「黒船」と呼ばれるようになったのはご存じの通り。当初は開国を渋っていた幕府でしたが、黒船の迫力や欧米の進んだ文明に驚き、翌年に再び来航したペリーと日米和親条約を結び、下田、函館の2港を開港したのでした。

ペリーの来航、そして開国という一連の出来事から、日本の近代化は急速に進みました。横須賀の街も、その波に乗り発展していきます。幕末には、横須賀製鉄所の建設が開始。明治17年に、横浜にあった海軍の鎮守府が移され、横須賀鎮守府に。明治40年には市制が施行され、横須賀市が誕生します。

【日本のカレーライスは、横須賀から広がった?】

横須賀には、現在私たちが食べている「カレーライス」の誕生にまつわるエピソードがあります。

明治時代の日本の海軍は、イギリスの海軍を模範としていましたが、イギリス海軍では「軍隊食」として、今の日本のカレーに近いシチューが食べられていたと言います。そこで日本海軍でも、このカレーを食事に取り入れました。最初はイギリス風にパンにカレーをつけて食べていたのが、とろみをつけてごはんにかけるようアレンジがなされ、日本海軍の軍隊食として定着したそう。このカレーが全国に広がり、日本のカレーライスとなったのです。

海軍の街である横須賀は、「カレーの街」でもあります。市内の多くのお店では、昔ながらの「よこすか海軍カレー」が看板メニューになっており、毎年「よこすかカレーフェスティバル」というイベントも開かれています。カレーは、横須賀観光の目玉であるのはもちろん、住民にとってのソウルフードとも言えるでしょう。

参考/横須賀市HP:

文●高倉 都(エフスタイル)