多くの逸話を持つ戦国時代の武将たちは、数々の歴史小説のモデルになってきました。しかし、歴史マニアのなかで"戦国最強"とも噂される「ある武将」のことまで知っている人は、意外と少ないかもしれません。

それは「水野勝成」。徳川家康の従兄弟でありながら15年間も全国を放浪し、さまざまな大名のもとを渡り歩いた人物で、晩年は福山藩(現在の広島県福山市)の初代藩主として歴史に名を残しています。

そんな勝成が大名たちに重宝されたのは、圧倒的な武勇が理由でした。織田信長にも認められたほどの強者でしたが、気性が激しく、その逸話の数々は荒くれ者たちが多かった戦国時代のなかでも異彩を放っています。以下に、ざっと紹介しましょう。

【水野勝成の逸話まとめ】
●16歳のとき、高天神城攻めで15の首級をあげ、主君だった信長から戦巧者として永楽銭の旗印をもらう。

●19歳のとき、甲州黒駒合戦で北条軍(一万人)とひとりで対峙し、300の首級をあげる。

●21歳のとき、父親の家来を殺してしまい、勘当される。

●その後、「奉公構」(他家仕官禁止→再就職できない)を言い渡されたので、偽名を使って、佐々成政、黒田長政、小西行長、加藤清正など、名だたる武将のもとへ仕官。どこでも大活躍するが、次第に戦い自体に虚しさを感じて失踪する。
※この時代の逸話も多く、虚無僧になったり、姫谷焼の器職人になったりしたほか、大坂で泥棒をやっていたという説まである。

●36歳で父親が味方に暗殺され、16年ぶりに実家に帰って家督を継ぐ。

●関ヶ原の戦いで徳川家康に呼ばれて参戦。敵将の福原長堯から名刀「名物日向正宗」(現在の国宝)を奪い取るなど、数多くの武功をあげる。

●関ヶ原の戦いの活躍が評価され、大坂の陣では軍監(軍の最高責任者)に任命される。

●宮本武蔵と親交があり、息子・勝俊のボディーガードをさせる。

●大坂夏の陣では、軍の責任者なのに自ら先陣に立って戦い、大坂城に一番乗りを果たす。ちなみに、勝成はこのとき51歳だった。

徳川家が天下統一を成し遂げたあとは、福山藩を与えられ、ついに一国一城の主となります。猛将として名を馳せ、50代でも最前線で戦うような勝成の治世は、さぞボロボロだったかと思いきや、意外にも庶民から「名君」と慕われていました。その理由について、勝成は「下の情をしる事はこれ虚無僧たりし故なり」(庶民の気持ちがわかるのは、自分も貧しい虚無僧だったからだ)と述べています。

気性が激しく、全国を放浪し、数々の武功をあげ、最後は名君として領民から愛される――。これほど個性的なのに、「水野勝成」を題材にしたドラマや小説はほとんどありません。

ようやく7月16日に、『天を裂く』(学研パブリッシング)という歴史小説が出版されます。作者は同作がデビューとなる大塚卓嗣さん。歴史群像大賞に入賞した経歴を持つ、期待の新人です。もちろん今回紹介したような逸話の一部も、ばっちり収録されています。

これをきっかけに、戦国時代ファンならずとも、水野勝成という人の強烈な魅力に触れてみてはいかがでしょうか。



『天を裂く: 水野勝成放浪記』
 著者:大塚卓嗣
 出版社:学研パブリッシング
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