『着ればわかる!』(酒井順子著/文春文庫)文庫化を記念して、巻末には有名アイドルグループの制服にチャレンジするという、とても不届きな特別編も収録されている。

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わたくし、現在51歳のおっさんですが、セーラー服を着たことがあります。

あ、いやいや、ウケようとして二つの演出を加えてしまいました!
1)着たのは最近の話ではなくて中学時代だったこと。
2)正確にはセーラー服ではなく女子のブレザーとスカートだったこと。
林間学校のキャンプファイヤーの余興でさあ、女子の格好をする必要があったから仲良しのクラスメイトに借りて着たんだよね。いけませんなあ、読者に向かって服飾の扮装を粉飾するなんてね。

だけど、あの生まれて初めてスカートを着用したときの不思議な感じ。股ぐらがスースーする心細さと、それに相反して湧き上がる開放的な気分。いまでも忘れられません。「仮装」でも「女装」でも「コスプレ」でもいいけれど、別の何かになる気持ちよさってあるんだよね。

本当にセーラー服を着ているおじさんもいる。最近、ツイッターなんかでちょくちょく写真を見かけるでしょ。
「ああ、あの頭がハゲ上がってオルガン弾きながら微妙な自作曲を唄う女装アイドルの安穂野香(あんほのか)さん?」
いやいや、そっちじゃなくて、もう一人のやっぱりハゲてる白髪のGrowHair(グロウヘアー)さんね。この人もセーラー服を華麗に気持ち悪く着こなしている。そういえば、以前エキレビでもインタビューしたキャンディ・ミルキィさんも、セーラー服ではないけれど女装の人だったな。

日本にそんなに何人も女装のおじさんがいることに驚きを禁じ得ないわけですがー。とにかく自分の本来の属性でない衣服を身に着けるという行為には、なんともいえない魔力があるようで、それは女性にとっても同じこと。人気エッセイストの酒井順子氏は、常々気になっていたいろんな「制服」を実際に自分で身に付けては、そこから感じとった心の変化を体験エッセイ集『着ればわかる!』にまとめている。この度めでたく文庫化されたので、早速、読んでみた。

まず「はじめに」で語られる著者の制服愛に驚かされる。なにしろ、彼女の通っていた高校には制服がなくて私服オーケーだったにもかかわらず、わざわざ他校の制服を着ていって「燃えたぎる制服欲を慰めたり」していたというのだから。ここんとこ、さらっと書いてるけど、よく考えたらただの奇人だよね。

ともかく、そんな自分の内なる「扮装欲求」を解放するために、著者は「セーラー服」を皮切りに「タカラジェンヌ」「茶摘み娘」「カウガール」「陸上自衛隊」「養蜂家」などなど、様々な制服に袖を通していく。その様子は日本一の制服イラストレーター森伸之氏の手でイラスト化されている。さすがに写真を載せる勇気はなかったか(巻末に小さい写真で載ってるけど)。

巻末の写真を見ると、そんなに悪くないんだよ。本人曰く「のっぺりした平坦顏」だから、奇抜な衣装とのギャップがおもしろいとも言えるし、逆にどんな色にも染まる白いキャンバスなのだとも言える。

「ディスコ・ファッション」に挑戦する回が恐ろしい。その日は奇しくもディスコダンスの権化のようなマイケル・ジャクソンが亡くなっており、さらに、彼女の世代でディスコといえばファラ・フォーセット風のヘアスタイルだからと、美容室で髪をセットして帰宅してみればファラの訃報まであったという。デスノートならぬデス扮装である。

そんな彼女の変装は、後半で「キャバクラ嬢」「ゴスロリ」「巫女さん」と、さらに殺傷能力を増してゆく。繰り返すが、着ているのはエッセイストの酒井順子氏である。マニアにはたまらない展開だ。イラストではなく、ちゃんと写真を掲載したバージョンも出版してほしいと、本気で思う。

様々な制服を身に付ける中で、著者は制服の本質に気づく。ひとつは「所属感」。選ばれた人間のみが入ることのできる組織に自分は所属しているのだという快感。これらは制服を身にまとうだけでも味わうことができる。
そして、もうひとつは「機能性」。スチュワーデスの制服はタイトなようでいて、実は腕の付け根部分に余裕があるので高いところの荷物の出し入れがラクだったり、ビーチバレー用の水着が小面積なのは入り込んだ砂が抜けやすいようにであったりする、ということだ。

制服をひとつひとつ着こなしていくことで、それぞれの本質を見抜いていくところはさすが名うてのエッセイスト、と喝采を送りたいところだが、本書の真に注目すべきポイントは、やはり「燃えたぎる制服欲」の持ち主である酒井氏が、制服の魔力に引き込まれる瞬間だ。そのひとつが「ゴスロリ」ファッションに挑戦した回。

ゴスロリには、その服装の背景に何らかの「テーマ」が必要であることを知った彼女は、唐突にひらめく。

「では本日のテーマは、『黒い家庭教師』というのではどうでしょう。私は没落貴族の娘で既に両親は亡く、家庭教師に身をやつすしかなくなった、という設定。黒薔薇家庭教師センター所属です」

完全に引き込まれている。引き込まれてはいるが、そこが制服のいいところでもある。読めばわかるし、着ればなおわかる。
(とみさわ昭仁)