最も役に立ったビジネス書【年収1500万円】

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知性がない人は、本も読まず、出世もできない──。読書習慣に関する調査結果からは、40代になっても年収500万円どまりの人と、上にいく人の決定的な違いが見えてきた。

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調査概要/楽天リサーチの協力を得てインターネットを通じて1002人のビジネスマンより回答を得た。調査期間は2012年2月24〜27日。なお、アンケートは、プレジデントの名は秘して実施。

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【土井英司(エリエス・ブック・コンサルティング代表)】「役に立ったビジネス書」では、1500万と800万の間に明らかな違いがあって興味深い。1500万は『ザ・ゴール』『エクセレント・カンパニー』といった、仕組みをつくるのに役立つ本を読んでいる。

一方、800万は『ストーリーとしての競争戦略』や『ロジカル・シンキング』など、自分のスキルを高めるための本を読んでいる。いわば兵隊のトップに上ろうとしている印象です。

兵隊と将軍では読む本が違う。仕組みをつくる側に回らないと将軍にはなれません。1500万と800万以下は、仕組みをつくれるかつくれないかの違い。この違いは大きい。800万と500万の差は、がんばる度合いでしょう。

【成毛眞(インスパイア取締役ファウンダー)】ただ、残念ながら1500万の人も経済学者が引用できるレベルのビジネス書は読んでいないね。本当に価値があるのは『コトラーのマーケティング入門』くらいかな。この本だって本当にマーケティングを勉強する人にとっては、中学校の教科書程度の位置づけですよ。この本に出てくる用語を知らないと次のステップにいけないだけ。現代のマーケティングははるかに進化している。たぶん年収3000万なら、クリステンセンやチャン・キムが基礎テキストとして出てくるはずだね。

【土井】500万には『伝える力』や『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』という新書が顔を出しています。この層が「流行している値段の安い本」を好んで買っている証拠です。

読書は自分への投資活動であるという意識を持つと、値段で本を選ばなくなります。たとえばベンジャミン・グレアムの『証券分析』は1万290円もしますが、金融マンはこの本で勉強して何千万、何億円と稼ぐ。それを考えたら1万290円なんて安いものです。500万の人には、本を買って自己投資するという発想がないのです。

【成毛】僕からすると、1500万のラインナップだってちょっと弱いよ。『7つの習慣』も『金持ち父さん貧乏父さん』もビジネス書というよりは自己啓発書でしょう。『ブラック・スワン』(ナシーム・ニコラス・タレブ)なんて面白いビジネス書だったけど、残念ながら顔を出さないね。

【土井】「好きなビジネス書の著者」を見ると、やはり1500万と800万の間に顕著な違いが見られます。勝間和代や中谷彰宏が象徴的ですが、800万は個人として仕事ができる人、個人に対して仕事のソリューションを教えてくれる著者が好きなのです。

一方、1500万のほうには、中谷巌や竹中平蔵などマクロに経済を語る著者が顔を出している。あるいはエリヤフ・ゴールドラット(『ザ・ゴール』の著者)のように、物理法則で物事が動くと考えている人の本を読んでいる。

つまり、800万までの人は、自分ががんばれば数字が伸びると考えているのです。言い換えれば、彼らは「能力」を問題にしている。一方、1500万の人は世の中の仕組みを理解すれば数字を出せると考えている。彼らが問題にしているのは能力ではなくて「仕組み」なのです。

能力のない人でも活かしてしまう仕組みをつくるのが優れたマネジメントだとすれば、1500万の人はやはりマネジメント側の発想をしている。雇う側と雇われる側の発想は、まったく違うということです。

【成毛】800万のエリートサラリーマン層でドラッカーが1位というのはよくわかるね。伸び盛りのビジネスマンにはドラッカーですよ。ドラッカー以外なら、大前研一。これでいいと思うね。大前研一が30年以上前に書いた『企業参謀』(プレジデント社刊)という本があるけど、この本は極めてよかった。

一般企業人の好きなビジネス書の著者としては、これでいいんだと思います。ただし、投資銀行の幹部や戦略コンサルタントは、ここに出てくる人たちの本を100%読まないはず。さっきも言ったけど、クリステンセンが基礎テキストという感覚だからね。

【土井】「役に立った自伝・評伝・経営者」もなかなか面白いと思います。年収によって本田宗一郎の扱いが異なるのです。1500万では6位、800万と500万では2位です。本田宗一郎には反体制的な側面があり、かっこいいと思うからではないでしょうか。しかし、既存勢力打倒みたいなことを発想している人は、だいたい現実世界では勝てていない人です。そういう反体制的な感覚の持ち主は、上にいけないのです。

一方、稼いでいる人はもっと頭が柔らかくて、体制派だとか反体制だといった目で人を区別せず、冷静に実力を評価しています。1500万でスティーブ・ジョブズの評価が高いのはそのせいでしょう。

もうひとつ面白いのが、1500万の6位にエジソンが顔を出していることです。エジソンといえば一般的には発明王ですが、ジャック・ウェルチと同じ順位で名前が出てくるところを見ると、1500万の人はエジソンがGEの経営者だったことを知っているのでしょう。グローバル・カンパニーの経営者に目配りをしていることがわかります。500万だと6位が野球の清原ですからね(笑)。

■ジョブズなんて小粒ですよ

【成毛】全体的にビジネスマンの名前が多いけど、僕としてはここに出てくる人、全部面白くないなぁ。はっきり言ってみんな小粒です。ビル・ゲイツとかジョブズを偉大だと言う人が多いけど、日本人だってもっと面白い人がたくさんいます。たとえば戦前、満州の建国に奔走した甘粕正彦とか李香蘭(女優の山口淑子)。あの時代の人たちは、いい悪いの議論は別にして、大ベンチャーをやったわけです。新しいものをつくって売れてよかったね、なんていうレベルとは全然違う。甘粕の評伝を読むと、馬賊は出てくるし大泥棒は出てくるし、もうダイナミズムが全然違う。

もちろん本田宗一郎や盛田昭夫が目の前にいたらすごい人なのだと思うけど、明治時代の渋沢栄一なんてもっとすごかった。何しろ日本の上場企業の5分の1ぐらいをひとりでつくっちゃったんだから。

研究者なら、数学者のフォン・ノイマンとかね。20世紀が生んだ最高の天才です。ノーベル賞の受賞者たちが、「ノイマンに比べたら自分なんてサルみたいなものだ」ってみんな言うんだから、本当にぶっ飛んだ天才ですよ。

こういうとんでもない人たちの自伝や評伝を読むと、生きるのが楽になるんです。自分の人生に起こっている問題なんてたいしたことじゃないと思えてくる。評伝や自伝を読む意味はそこにある。

【土井】次に「面白かった一般書」にいきたいと思いますが、1500万で『ゴルゴ13』『深夜特急』『ナニワ金融道』がランクインしているのが面白いと思います。共通するのは、やはりリアリティーです。山崎豊子の『沈まぬ太陽』はいわば社内政治の話ですが、こうしたリアリティーのある人間ドラマが彼らの好みなのでしょう。

一方、500万を見ると年齢層の違いもあるのでしょうが、ファンタジーのオンパレードです。現実をつまらないと感じると、人間はファンタジーに逃げる。特に40歳を過ぎて、「努力しても現実は変わらない」という意識になってしまうと、自分を磨くための本は読まなくなってしまいます。そして、漫画やミステリーや警察小説などに流れるのです。逆に言えば、50歳を過ぎてビジネス書を一所懸命読んでいる人には成功している人が多いということです。

【成毛】「面白かった小説」には司馬遼太郎の本が何冊も入っているけど、よく雑誌の取材で愛読書は何ですかって質問されて、「司馬遼太郎の本です」って答えてるおバカな経営者がいるよね。あれは読書体験が乏しいことを自ら表明しているようなもの。挙げちゃいけない名前だね。『坂の上の雲』はたしかにすごく面白いけど、それを言っちゃあおしまいよって感じです。

たとえばグルメ雑誌の取材を受けて、「帝国ホテルのレ・セゾンが好きでした」って言っちゃいけない。たしかに美味しいんだけど、ホテルのメーンダイニングの名前を出しちゃいけないでしょう。司馬遼太郎ってそういう作家ですよ。

【土井】やはり小説でも1500万の人は読んでいるものが違いますね。『永遠のゼロ』『告白』『チーム・バチスタの栄光』といった作品は、フィクションではあっても現実の社会問題と対峙しています。決して、ファンタジーに逃げ込んではいない。

一方、500万を見ると、『ストロベリーナイト』『容疑者Xの献身』といったファンタジー色の強い作品が顔を出しています。実を言うと、最近はビジネス書でさえファンタジー化の傾向がある。

人間は「成功が手に入らない」と思った瞬間、ファンタジーに逃げますが、日本全体がファンタジーに走っている時代かなという気がします。「面白かった小説」には特にその傾向がはっきりと見えますね。500万はもうほとんどファンタジーとエンタメです。

■塩野七生は視野が1000倍

【成毛】「好きな文芸書の著者」の1500万に塩野七生が顔を出しているけど、西洋史の素養がある人なら、司馬遼太郎よりも断然、塩野七生だと思いますね。塩野七生は、はっきり言って司馬遼太郎よりも視野が1000倍ぐらい広い。ずっと月刊「文藝春秋」で連載してるけど、イタリアのマリオ・モンティ政権について、「民主主義に代わる政体ができるかもしれない」なんて、平然と言ってのけてしまうからすごい。

視野が広いからこんなことが言えるわけで、彼女の本を読んでいると、日本が直面している問題なんてたいしたことじゃないと思えてくる。人類の歴史には、もっともっとすごいことがあったのがわかるからね。

読書を通して極端なものを知るのはとても大切です。異なる国の歴史や文明、あるいはとてつもない人物のことを知ることで、日本は大変だとか日本人だけが可哀想だという感覚から抜け出すことができるからね。

(山田清機=構成)