安藤美姫が未婚で出産!フィギュアスケートの天才の光と影に迫る

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安藤美姫が突然テレビのインタビューで未婚のまま出産したことを語り、「父親は誰なのか?」「今後の選手生命は?」と、日本中がこのニュースで持ちきりになっている。

2010−11年の世界選手権で優勝し、フィギュアスケートの女王となった安藤。
その後、公私共に敬愛するニコライ・モロゾフとの破局と師弟関係の解消により、競技界から姿を消す。

それから、突然の出産報告。いったい、彼女に何があったのか? 

これまでの軌跡を追ってみよう。

プレッシャーと戦った4回転ジャンパー時代

安藤美姫がフィギュアスケートの天才であることは間違いない。

8歳でスケートを始め、翌年には2種類の3回転ジャンプを飛んでいた。
その後彼女の代名詞となる4回転サルコウを全日本ジュニア選手権で成功させ、一躍脚光を浴びることになる。

その4回転が大きなプレッシャーとなって彼女にのしかかったのが2005年のトリノオリンピックだった。

オリンピック前から成績不振であったにもかかわらず、4回転の成功を含め大きな期待を背負って出場。
しかし、結果は転倒につぐ転倒で15位。

安藤に失望した人々の期待は、時を同じくして氷上に現れたもう一人の天才、浅田真央に視線を移し、安藤はプレッシャーから開放されることとなる。

トリノのあとに、新しいコーチ、ニコライ・モロゾフとの出会いがあった。
高い技術力を持つが、どこか荒削りだった安藤の演技にストーリー性や女性らしいしなやかさを与えたのがモロゾフコーチだった。

そして、あのボロボロだったトリノオリンピックの翌年、安藤は世界選手権で見事優勝を果たした。

安藤美姫と浅田真央、ふたりの天才の違い

安藤美姫と浅田真央は、同じスケートの天才でありながら、正反対のイメージで語られることが多い。

とにかく負けず嫌いで四六時中練習を続けるほどストイックな浅田に対し、安藤は恋やファッションなど女子としての楽しみを捨てたくないタイプだ。

日本人が求めるアスリートのイメージは、寝る間も惜しんで練習する浅田のようなタイプであり、安藤のようなスタイルは批判の的になりやすい。

加えて非常に繊細で感情の起伏が激しい安藤は、演技が感情に影響されやすく、ファンを失望させることもしばしばある。

しかし反対に、心が安定しているときの安藤の活躍には目を見張るものがある。
モロゾフと破局する前のシーズンは、出場する大会のほとんどで優勝を果たし、他の追随をゆるさないほどの圧倒的強さを見せた。

おそらく公私共に充実していて、愛する人と共にプログラムを作り上げる喜びが彼女の演技を輝かせたのだろう。

安藤の葛藤…そして決断

ところが最愛の師を失って、安藤はまた迷走することになる。

コーチの不在と、心のよりどころを失ったことで安藤はまた不安定な状態になり、2年の間、競技から距離を置いて過ごした。

その間もツイッターなどで「もう死にたい」とつぶやくなど、精神的にも不安定であることを匂わせる様子が伺えた。

安藤ほどの選手であれば、現役を引退しプロフィギュアスケーターとしてやっていくことも十分可能だっただろう。

しかし安藤には捨て切れないオリンピックへの思いがあったに違いない。

恋をし、出産を経験し、安藤の中で何かが固まったのかもしれない。
未婚での出産と、ソチオリンピック出場への参戦と、現役引退。

それが安藤の出した答えだった。

「私はスケーターとして生まれたわけではない」

神はごく普通の女の子に、特別な才能を与えてしまった。
天才らしくふるまうことのできない不器用な普通の女の子、それが安藤美姫なのだ。

彼女が出産という選択に至った理由を説明した『報道ステーション』(テレビ朝日)のインタビューでは、「私はスケーターとして生まれたわけではなく、ひとりの女として生まれた」と語っている。

スケートの天才からひとりの女性となって挑むソチオリンピックへの道は、これまでよりずっと険しい。

天才が母となったことで、演技にどう影響するのだろうか。
これからの彼女の活躍を見守りたいと思う。

Written by 杉本レン
Photo by 安藤美紀オフィシャルWEBサイト