『思ってたウツとちがう!「新型うつ」うちの夫の場合』池田暁子/秋田書店

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有名な児童文学である『モモちゃんとアカネちゃん』(松谷みよ子)シリーズの中に、夫婦を1つの植木鉢に植わった2本の樹にたとえる場面がある。ことほどさように夫婦とは運命共同体。健やかなるときも病めるときも、とはいうものの、もし配偶者が「自分の敵になる病気」よになったらどうすればいいのかーー。
コミックエッセイで人気の池田暁子の新作『思ってたウツとちがう!「新型うつ」うちの夫の場合』は、新型うつのせいで攻撃的になった夫と著者のここ2年間にわたる苦闘を綴ったエッセイマンガ。『エレガンスイブ』(秋田書店)に2012年8月から「夫は自宅警備員」として連載されたものに加筆修正を加えた単行本だ。
数年前に結婚した著者が、夫の異変に気付いたのは2011年。夜中に悪夢を見て目を覚ました夫が、手足がしびれると漏らしたのが最初の異変だった。そこから具合はどんどん悪くなり、「自分はダメだ」「死にたい」と頻繁に口にするようになり、ついには「電車に飛び込んだら楽になるかな」と言う。精神科医の診察を受け「抑うつ状態」と診断され休職することになった夫。そしてこれが二人の苦闘の始まりだった。

なにが苦闘か。
それは夫が、著者の仕事に、それがまるで生きがいのように猛烈にダメ出しをするようになったのだ。週刊誌の連載が終われば「池田暁子は終わった」と宣言し、単行本の刷り部数が少ないと邪推して著者を攻撃する。一番身近な夫が著者の敵になってしまったのだ。夫の休職から約10カ月、耐えきれなくなった著者は自分の心を守るために家出する。

そこで改めて著者が考えたのは、夫はうつになってからも一人で旅行したし、話によく聞くうつ病の人のようにおとなしくもないという“事実”。「も…もしかして…うちの夫って/もはやただの性格悪い奴なんじゃ……」。そこに追い打ちを掛けたのが帰宅した著者に投げかけられた心ない一言。著者はついに夫に殺意を感じまでに至る。さらには会社を退職した夫は「もう一生働かない」と断言。怒りが頂点に対した著者は、離婚を決意する……。この時点で休職から1年ほどが経過している。

もはや自分の敵としか思えない夫。夫は果たしてどういう状態にあるのか。巻末に挙げられた参考資料は、週刊誌記事まで含めて約70点。この数の多さは、著者の迷いの深さでもあるだろう。こうした彷徨の果てに、著者は夫は「非定型うつ病」(新型うつは俗称)であろうという結論にたどり着く。自虐的ではなく、他罰的になるのも「非定型うつ病」の症状の1つだったのだ。

本書では夫の(ひどすぎる)言動の前後に、著者が後で知った「うつ病ならではの行動」の解説が入っている。また「非定型うつ病」とは普通のうつ病とどう違うのかわかりやすくまとめられている。似たようなことで悩んでいる人がいれば、解決の糸口になるかもしれない情報がコンパクトに織り込まれた内容は、実用エッセイマンガでヒットを出した著者ならではの部分といえる。
なみに「新型うつ」についてまつわる「病気ではなく性格ではないか? 仮病ではないか?」という議論について、著者は「“もともと”なところが性格で、“前と違う”ところが病気の症状ではと思う」と自分の考えを記している。夫の場合、「気が小さくて凹みやすい」「優しくていい人」だったのが元からで、「日が暮れただけで落ち込む」「別人のように嫌な奴になったこと」が「前と違うところ」だという。

本書のラストでは、夫の症状は最悪の状態を脱してはいるものの、まだまだよくはなっていない。それでも著者は著者なりに夫が非定型うつ病を病んだ原因に迫り、よりよい病とのつきあい方をつかみつつあることが記され、本作は締めくくられている。
本作は、これまでの著者の作品同様、かわいらしい絵(病気のため8kg太った夫のマトリョーシカのようなシルエット!)とわかりやすく整理された解説でとても読みやすくまとまっている。
だが、話題が話題だけに、ポイントポイントで、これまでの作品にはなかった激しい表現も顔をみせる。病気の最初のころ、会社から帰宅してつらそうにしている夫の不機嫌な表情。あるいは、夫に殺意を感じた瞬間のコマ。夫はわたしといるからおかしくなったのか? と自問自答するときのはかなげな表情。これまでのエッセイにはなかったそれらの表現が、本作に有無を言わせない迫力を与えている。。

「夫がウツになってからのこの2年間ーー/夫を心配したよりも憎んでいた時間のほうが 正直 圧倒的に長かった」。
植木鉢に植わった2本の樹=夫婦でなければ、ここまで相手を憎むこともなかったかもしれない。「自分の手を汚すのは絶対嫌だけど、消えてほしいと本気で思ったことが何度もありました」。そこまで追い詰められながら、どうしてギリギリのところで踏みとどまったのか。
もちろんそこには著者なりの決断があるのだろうが、本書を読み終えた読者は、配偶者が「自分の敵になる病気」になった時、自分ならどう対処するのか、そこを自問せざるを得ない。もちろんその時の選択は人それぞれで、そこには正解などない。あるのは、自分はそう決断したという納得だけだ。だから本書は読後はさわやかではあるものの、かなり後に引く。
うつ病との闘病ものとしても、夫婦ものとしても読める一冊だ。
(藤津亮太)