コマーシャルの世界も日々進化している。最近、とみに「ドラマ」が多くなったと感じる人が多いのではないだろうか。作家で五感生活研究所代表の山下柚実氏が指摘する。

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 ソフトバンクの「白戸家」CMで、完全に定着した観のある「連続ドラマ」CM手法。ライバルのNTTドコモも「ドコモ田家」で追随し、ファミリー話を展開中です。が、こっちの評判は今一つ盛り上がらない気配。

「白い犬の方が面白い」。6月18日のNTTドコモ株主総会では、株主からダメ出しを食らったとか。それに対して坪内和人副社長は「『白い犬に食われているが、精一杯がんばっている。ドコモダケが人になったのも賛否あったが、ご理解いただきたい』と釈明」。(J-CASTニュース 2013/6/20 )

 白戸家とドコモ田家、どちらがごひいきかはさておいて、株主総会でドラマCMが俎上に。それほど注目されているとすれば、たいしたものです。

 そして、最近のドラマCMはさらに深化し「凝った演出」が目に付きます。たった15秒間に映画のワンシーンと見まがうような細部まで作り込んだ画面、ゴージャスなキャスティング。

 その一例が、緊迫した裁判シーンが印象的な、ダイハツ「新ムーブ」のCM。熱弁をふるう弁護士の役所広司、裁判官の八嶋智人、訳ありの女・鈴木京香……。ヴィヴァルディのバイオリンが鳴り響き、緊迫したやりとりが法廷で繰り広げられる。

 まさしく、ドラマ世界そのもの。

 ゴージャスといえば、サントリーの「オランジーナ」のCMもあなどれません。世界的俳優のリチャード・ギアを「フランスの寅さん」に見立ててしまう跳躍ぶり。脱帽です。

 でもこのCM、いくら見ても肝心の炭酸飲料水の味なんて、わかんない。商品を直接語らない。ただ、なんともいえない空気感、「ムッシュ寅さん」のペーソスぶりを伝えようとしているようです。

 こうしたドラマ的CMは、視聴者の感情が刺激されることはあっても、商品についての理解がさほど進むわけではありません。むしろ、「商品の詳細は伝わらなくていい」というCM制作側の意識すら、透けて見えるような。昔のCMなら、考えられなかったことでしょう。

 そういえば、トヨタの新しいCM「TOYOTOWN」シリーズも実に凝った作りのドラマ仕立て。中央に大きな木が生えている「街」。顔ぶれは堺雅人に満島ひかり、笑福亭鶴瓶、反町隆史、佐藤浩市、妻夫木聡、前田敦子……さまざまな人が住んでいる。ガレージにはそれぞれ違う車がとまっている。それがどんな「街」なのか、どんな人々なのか。ディテイルはまだよくわからない。けれど、印象に強く残る。

 そうです。ドラマ仕立てCMは、「人々の印象に残る」ということこそ、最大のねらいでありポイント。消費者の記憶にしっかりと、「なにか」を刻みつけること。ただぼっと見てもらうのでなくて、とにかく記憶に刻んでもらう。記憶に残ってさえくれれば、「あとはウエッブで」「詳細はホームページで」と、頼まなくても消費者が自発的に検索してくれるから。そんなスマホ・ウエブ時代の変化がCM作りに影響を与えているのかもしれません。

 でもなぜ、ドラマ仕立てにすると印象に残りやすいのでしょう? なぜ、記憶に刻みこまれやすいのでしょう?

「物語」の語源を見てみると−−「ものがたり」の「もの」とは、「鬼」や「霊」など不思議な霊力をも持つ言葉(「語源由来辞典」)だそうです。「物語」には、「説明」や「話」を超えた力が潜んでいる。ストーリーが展開し、役者がキャラクターをしっかりと演じた時、商品情報を超えた「もの」=霊力がそこに備わってくる、ということかもしれません。

 そして何よりも、ドラマには「展開」があります。「次」がある。断片的情報ばかりが溢れる時代に、ドラマ仕立てCMは視聴者を「次」のドラマへ、あるいはネット検索へ、そして販売店へと引っ張っていってくれる、優れた宣伝手法なのかもしれません。