NY発 ファイナンシャルINSIDE_7月号
米国ではSNSを利用した企業の決算発表が容認されようとしているが、ウェブを利用して株価を意図的に動かす株価操作や風説の流布事件が増えている。偽りのテロ情報で株価が急落する事件も起きている…。


米国のデイトレーダーの間で話題になっているヘッジファンド・マネジャーがいる。まだ事件になったわけではないので、本稿では「E」と匿名にする。

デイトレーダーが問題にするのはEが活用しているツイッターだ。最近特に多いのはアップル株に関するメッセージで、否定的な内容が多い。ネットの噂ではEはツイッターのフォロワーが多いのをいいことに否定的なことを言って株価が下げれば買いを入れ、またはメッセージに先回りしてカラ売りしているのだという。

ネットの噂が本当なら、これは堂々たる法律違反。刑事事件である。米国の証券取引法には「10b―5」と呼ばれるインサイダー取引など証券市場の不正行為を取り締まる包括条項があり、ツイッターを利用した株式売買は株価操作または詐欺行為にあたる可能性がある。

SNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)の発達で、米国市場では株価がネットに影響されて動く例が増えている。米国で最も読まれている株価ニュースはWSJウォールストリートジャーナル)の紙面ではなく、WSJの記者や株式のプロが書くブログやSNSだ。だが、こうした新しいウェブ媒体が虚偽の情報を流していたとすれば――。そんな懸念がついに現実化してしまった。

「ブレーキング・ニュース(特ダネ)。ホワイトハウスで2回の爆発があり、オバマ(大統領)が負傷しました」。午後1時6分、米国の大手通信社・AP通信のツイッターにこんなニュースが流れた。APのツイッターは190万人を超えるフォロワーを抱えるほどの影響力があり、1万4700ドル前後で推移していたダウ工業株30種平均は瞬間的に140ドルほど下げた。

その後、APが偽りのテロ情報を否定したため株価は戻ったが、株式市場は一時的にマヒした。ウォール街はアルゴリズムと呼ばれるコンピューターによる自動売買が主流。指数を構成する銘柄が一時的に全面的に売り込まれた。

犯的に売り込まれた。人は誰なのか。内戦が続くシリアのアサド大統領を支持するハッカー集団であるSEA(シリア電子軍)が犯行声明を出した。FBI(連邦捜査局)が調査に乗り出したが、SEAの組織実態は不明。SE A はロイター通信など主に欧米メディアを対象にしたハッキング行為を昨年から活発化させている。

ITバブルの盛りだった90年代後半からウェブを利用した株価を意図的に動かす株価操作や風説の流布事件が米国で増えた。だが、ネット情報を有機的に結びつけるSNSの登場とアルゴリズムの発達で、ITバブル期とは比べものにならないくらい、市場はウェブの影響を受ける。折しも、SEC(証券取引委員会)がSNSを利用した企業の決算発表を容認しようとしている。風説の流布に成功したSEA(仮に犯人だとするならば)のコピーキャット(模倣犯)が生まれてしまうリスクが急速に高まっている。

松浦 肇(Hajime Matsuura)
産経新聞ニューヨーク駐在編集委員

日本経済新聞記者、コンサルタントなどを経て現職。ペンシルベニア大ウォートン校、コロンビア大法科大学院、同ジャーナリズム・スクールにて修士号を取得。




この記事は「WEBネットマネー2013年7月号」に掲載されたものです。