異次元緩和による円安が韓国、中国の弱い腹部を直撃する
日銀の異次元緩和策がG20で容認されたが、近隣の韓国や中国は警戒を強めている。韓国が円安に対抗してウォン安政策をとるためには金利を大幅に下げるしかないが、海外の金融機関が韓国から融資を引き揚げる恐れがある。中国が人民元を切り下げするなら海外から流入した巨額の投機資金の逃避を招く恐れがあるからだ。


4月19日に閉幕したG20では、日銀の異次元で大胆な金融緩和政策が容認され、円高是正に加速がかかった。IMF(国際通貨基金)も日本の政策転換が世界経済のプラスになると評価しているが、近隣の韓国や中国は警戒を強めている。なぜなのか。

下のグラフを見よう。衆議院が解散した昨年の1ドル当たりの相場を100として見たアジア各国の通貨の4月中旬までの推移だ。独歩高だった円は下落に転じ、中国人民元を中に包み込むようにして小幅に変動する各通貨からどんどん遠ざかる。円相場は円高のピーク時に比べ25 %も下がった。この各国通貨相場水準の円とのカイ離が、過去にアジア通貨危機を招き寄せた大きな要因だった。

アジア通貨危機前の円安は、1997年5月までの2年間で円の対ドル相場が約3割安くなったのに対し、アジア各国は基本的にドルに対する自国通貨相場をクギづけにする「ペッグ制」をとっており、円に対して3割前後高かった。この間、円より強い通貨での運用をもくろむ海外からの資金流入で、不動産や株価が上昇。ところが通貨が過大評価されているとみたヘッジファンドが突如、現地通貨の投機売り攻勢をかけた。すると東南アジアの経済と金融を支配する華僑・華人系資本による資本逃避が起き、各国通貨が暴落。危機は韓国にも飛び火し、通貨ウォンが崩落、一部大手財閥が消滅した。

今回も急速な円高是正は共通するが、東南アジアの場合はペッグ制をやめて変動相場制など通貨を柔軟に変動させる仕組みに変え、ヘッジファンドなどの通貨投機勢力が入り込みにくくした。さらに、日中韓とASEAN(東南アジア諸国連合)は、外貨など通貨の相互融通制度を柱とする「チェンマイ・イニシアチブ」で緊急時に協調する体制を組む。東南アジアは逃げ足の速い資金ではなく、日本企業などの直接投資中心の外資受け入れに重点を置いている。



だが、韓国と中国は東南アジアとは違う。韓国はアジア通貨危機後、海外投資家の韓国企業への株式投資を受け入れてきた(下のグラフ)。その結果、海外の韓国株保有残高は昨年末時点でGDP(国内総生産)比で31%に達している(アジア危機前は3%程度)。海外からの借入残高のGDP比は11・5%(同15%)と依然高水準だ。米欧などの投資家は韓国ウォンが円に対して安くなれば日本株を売って韓国株を買い、逆にウォン高になれば韓国株を売る運用モデルを組んでいる。円がウォン以上に対ドルで安くなればなるほど韓国株は売られ、資本が流出することになる。円安に対抗してウォン安政策をとるためには金利を大幅に下げるしかないが、海外の金融機関は韓国から融資を引き揚げる恐れがある。韓国経済は円安によって極めて不安定になる構造になっているわけで、円安を促進するアベノミクスや黒田日銀の金融緩和に不満を募らせるわけだ。

一方、中国の実体経済は実質ゼロ成長状態にある。中国政府は昨年の実質成長率を7・8%、今年の成長率目標を7・5%前後としているが、中国の経済統計のうちで最も信頼性の高い鉄道貨物量は昨年は前年比マイナス0・7%で、今年1月、2月の合計でも同0%と低迷している。つまり、中国はモノを前年より多く生産しても、多くの製品を工場の外へ出荷していないわけで、鉄鋼、家電、自動車など大半の主力業種で過剰生産と過剰在庫が膨らんでいると推定できる。過去のトレンドを見ても、円安期には貨物輸送量の伸びが鈍化、つまり経済成長率が下がる傾向がある。今回は国内の過剰生産、外需不振に加えて円安の直撃を受けつつある。

中国が円安の衝撃を和らげるためには、ドル買い・人民元売りの外為操作により人民元の切り下げに転じるしかないが、米国などから人為的な為替操作だとして非難されよう。人民元切り下げは海外から流入した巨額の投機資金の逃避を招く恐れがある。

円安は図らずも、海外からの資金に依存する中韓両国の最も弱い腹部を直撃するのだ。



田村秀男(たむら・ひでお)
産経新聞社特別記者・編集委員兼論説委員

産経新聞社特別記者・編集委員兼論説委員。日本経済新聞ワシントン特派員、米アジア財団上級フェロー、日経香港支局長、編集委員を経て現職。『人民元・ドル・円』(岩波新書)、『円の未来』(光文社)、『人民元が基軸通貨になる日』(PHP研究所)、『財務省「オオカミ少年論」』(産経新聞出版)など著書多数。今、政府・日銀の金融経済政策運営に対して数多くの有益な提言を行なう気鋭のジャーナリストとして注目を集めている。



この記事は「WEBネットマネー2013年7月号」に掲載されたものです。