AmazonのKindle、SonyのReader、楽天のkobo、東芝のBookPlace MONOなど、日本でも多くの電子書籍端末が発売されています。便利な電子書籍端末に、すっかり引き込まれてしまったファンもいることでしょう。しかし、日本での電子書籍は、アメリカのように生活の一部として根付いているかといえば、まだ、その域には達していないようです。

 電子書籍を読むことのできるデバイスの普及率を見ると、アメリカではスマートフォン利用者が60%を占めており、タブレットPCは25%が保有しています(comscore.com調べ)。それに対し日本では、スマートフォン所有率が40.3%で、タブレット所有率は10.6%(角川アスキー総合研究所調べ)、電子書籍専用端末所有者は1.2%と増加傾向ではありますが、デバイスの普及率だけに限っても、いまだにアメリカには追いついていません。

果たして「電子書籍」と「出版物」で読む書籍にはどのような違いがあるのでしょうか。

「携帯端末でデータ化した文章を読むことと、実際の本で文章を読むことにあきらかな違いがある」というのは、『印度放浪』『全東洋街道』『メメント・モリ』で有名な写真家・作家の藤原新也氏です。パソコン上で仕事を行う藤原氏は、文章の確認を行う際は、必ずプリントアウトをするそうです。理由は、その方が文章がより客体化されて、流れも穴もよく見えるようになるからだそうです。藤原氏の文章は、紙の上での添削を経て、かたちになるのです。

同じ文章であるにも関わらず、違いがあるのはどうしてでしょうか。藤原氏の考えはこうです。

「紙のプリントというのは物質であり、デスクトップ上に表現される文章は光が透過したドットの集積で、それは物性のない"文字の形をした現象"に過ぎません。デスクトップと紙で文章を読む場合に僕が経験したように、読むという行為に深度の相違があるとするなら、携帯端末で本を読む場合と物質としての本で文章を読む場合、おのずと理解や感情移入の深度は異なるのではないかと、そう思うのです」

藤原氏は、これをきわめて微妙な感覚に関わる問題で、科学的に証明できない類のものだといいますが、納得できる人も多いのではないでしょうか。

 電子書籍にも使い勝手や持ち運びの手軽さという利点もあります。「作品によって電子書籍と印刷を使い分ける」、そんな考え方も良いかもしれません。



『若き日に薔薇を摘め』
 著者:瀬戸内 寂聴,藤原 新也
 出版社:河出書房新社
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