名門・川崎重工業で、6月13日に開かれた臨時取締役会で社長以下3人の役員が解任された。トップが独断で進めてきたライバル・三井造船との経営統合交渉に他の役員たちが「NO」を突きつけ、3役員を除く取締役全員が賛成するというクーデターだった。

 長年のライバルと手を組むような合併や統合、あるいは抜本的な改革を迫るような重大案件がクーデターを誘発しやすい。とりわけ会社そのものを外部からの刺激によって大きく変えようとする合併や統合を進める際には、なおさら慎重に事を進める必要がある。

 川崎重工の経営陣が解任された最大の要因は「情報が事前に漏れてしまったことにある」として経済ジャーナリストの福田俊之氏は次のように指摘する。

「4月22日の日経新聞が三井造船との統合交渉を報じましたが、事前にリークされるとほとんど実現しないのが常です。麻雀にたとえて『オープンリーチは絶対うまくいかない』と口にする経営者もいるほどです。

 あらかじめ反発が予想される事案では、情報を統制しながら取締役会で多数派を形成する根回しが不可欠で、ホンダも今回のF1復帰にあたり、社長自らが取締役への事前交渉を行なったほど。情報統制と根回しのバランスが、社内クーデターを防ぐポイントです」

 元第一勧業銀行(現・みずほ銀行)行員の作家・江上剛氏は、第一勧銀の誕生秘話を語る。

「第一銀行の会長だった井上薫氏は1967年、すでに発表されていた三菱銀行との合併を『呑み込まれる』との危惧から御破算にして、自らが主導して日本勧業銀行との統合合併に進むことにした。井上会長は、日本勧業銀行の横田郁氏に目をつけ、合併話を持ちかけて対外的には計画を一切極秘裡のまま進め、第一勧業銀行を誕生させ、初代頭取に横田氏を就任させたのです」

 ところがその後、1997年に発覚した第一勧業銀行の総会屋への利益供与事件が世間を揺るがし、会長や頭取の辞任、元会長の自殺という事態にまで発展した。その渦中にいた江上氏は、「事実上のクーデター」と揶揄される新体制下で、再建に向けて邁進した。

「とにかく過去の膿を出しきることから始めました。私が室長となって『社会責任推進室』という組織を作り、不透明な融資や社内の問題を明らかにしていく。それによって不透明な融資が400件以上、総会屋や暴力団などから押し付けられたと思われる情報誌などが800誌もあったことがわかり、それをすべて打ち切った。命がけでした」

 会社を変えようとすれば大きな痛手も伴う。厳しい競争下、会社のトップには、自らの存在をかけた覚悟が求められている。

※週刊ポスト2013年7月5日号