現代の孤悲[こい]に触れる


万葉人は、一人寂しく、悲しく、相手を想う恋を「孤悲(こい)」と詠んだ。いまも、むかしも、人が恋をするということになにも違いはないのだろう。“デジタル時代の映像文学”と世界に評される、アニメ界の旗手・新海誠が、現代の孤悲を描き出した『言の葉の庭』が話題だ。

 


 雷神の 少し響みて さし曇り
 雨も降らぬか 君を留めむ


「雷が鳴って、雲が広がり 雨が降ってくれたら 貴方をここに留められるのに」…… 三十六歌仙のひとり、柿本人麻呂が詠んだ万葉集の一首だ。恋する人と少しでも一緒にいたい切々たる想いに、天候にもすがる心情が綴られている。仮名文字がまだなかった万葉人は、「恋」を「孤悲(こい)」とも表していた。

 そんな万葉の時代にも通じる恋を描いた作品が話題になっている。その作風は映像文学ともいわれ、世界的にも高い評価を得ているアニメーション監督・新海誠氏の最新作『言の葉の庭』だ。

 靴職人を目指す高校生タカオは学校をさぼったある日、ひとり缶ビールを飲む年上の女性ユキノと出会う。梅雨の雨に美しさを増した木々の葉、それを写す波紋が広がる池。都会の片隅の広い庭に、ふたりだけの空間が生み出される。雨の日の午前中にだけ繰り返されるふたりだけの時間。お互いを知らないまま、心を通わせていく。
 居場所を失ったユキノに、タカオは「もっと歩きたくなるような靴を作りたい」と願い、はじめて女性の美しい足に触れる。想いが深まるふたりに、思いもかけない真実が……。


 冒頭の歌は、ユキノがタカオにはじめて会った時に読んだ歌で、これには返歌がある。

 雷神の 少し響みて 降らずとも
 我は留らむ 妹し留めば

 男性から女性に「雷が鳴って 雨が降らなくても 私はここに留まるよ 貴女が引き留めるなら」と返している。お互いの気持ちは一緒なのに、それぞれが孤独で悲しい孤悲(こい)を生きているのだ。

 詩的な作風を支える映像美はまさに、映像文学の面目躍如。雨に映える緑と池の水面は実写を超え、アニメにしか描けない美しさを描き出しているのも見どころ。そして自然の美しさ以上に印象的なのは、タカオがユキノの足のサイズを測る、ふたりがはじめて直接触れ合うシーンだ。タカオの高校生らしい緊張と、年上のユキノの恍惚の表情が、環境色と反射光を生かした彩色により、息を飲む美しさを生み出している。

 長時間の作品と錯覚してしまうほど濃密で美しいアニメーションの世界で、万葉の恋模様に浸ってみてはいかがだろう。

「言の葉の庭」オフィシャルサイト
http://www.kotonohanoniwa.jp

『言の葉の庭』は全国劇場で上映中。本編を収めたBlu-ray&DVD「劇場アニメーション『言の葉の庭』」(発売元:コミックス・ウェーブ・フィルム/販売元:東宝)は上映劇場で先行発売中。6月21日(金)より一般発売開始。また、iTunes Storeにおいて本編をダウンロード販売中。

iTunes Store「言の葉の庭」
https://itunes.apple.com/WebObjects/MZStore.woa/wa/viewMultiRoom?cc=jp&fcId=648061637

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