■ストーリーはつくらず、論証を試みる

有名な行動科学の実験(*1)に参加して、ロウソク、箱に入った画鋲、マッチをテーブルの上に置かれて、こう言われたとする。

「テーブルに蝋が落ちないように、ロウソクを壁に取り付けてください」

さて、あなたならどうするだろう?

多くの人は画鋲でロウソクを壁に留めようとしたり、マッチの火でロウソクを溶かして壁にくっつけようとしたりして失敗に終わる。ところが5分から10分すると、たいていの人は「箱をろうそく台にすればいい」と気づき、箱を画鋲で壁にとめるそうだ。

ここでのカギは、“小箱は物を入れる”という「機能的固着」を乗り越えるところにある。つまり、箱を「画鋲入れ」だと考えてしまうことから抜け出し、「ロウソク台になる」と気づくことで解決策は見つかるだろう――。

TEDのステージに登壇してこの実験の話を展開したダニエル・ピンク氏は、アル・ ゴア副大統領の首席スピーチライターも務めた人物である。このプレゼンでは「ストーリーは語りません。主張を立証します。合理的で証拠に基づいた法廷における論証で、ビジネスのやり方を再考してみたいと思います」と語った。

人を話に引き込むためには「ストーリーをつくる」ことが有効だとされるが、今回は、かつて法科大学院にも通った経験を生かして“論証”を試みようという。その話の組み立ては、まずは聞き手に問題を提示する形で“ロウソクの実験”の話題から始めたのだが、これが現代の仕事の課題を象徴する事象であり、主張の論拠であり、最後に話を包み込む鍵となっていく。ピンク氏のプレゼン内容自体も興味深いので、流れを含めてご紹介していこう。

氏が次に提示したのは、“ロウソクの実験”を使って行った“インセンティブ(報酬)の効果に関する実験”(*2)である。グループ1には、「一般的にこの問題をどのくらいの速さで解けるか時間を測る」と告げる。グループ2には、問題を解く速さに応じて、具体的な金額で報酬を提示する。その上で“ロウソクの実験を行う”というものだが、実験結果は意外なものだった。

■報酬よりも、“好きだからやる”

実はこの実験結果では、報酬を提示されたグループ2のほうが、解答までに3分半長くかかっている。これによって、狭い視野で目の前にあるゴールをまっすぐ見ていればよい場合には、「IfThen」式(ここでは「もし〜なら、何を与える」)はうまく機能する可能性もあるが、より柔軟な発想が必要なときには、視野を狭めて集中させてしまう報酬の効果は薄いことを示したのである。

ピンク氏はこうした論拠をもとに「自分の主張」を展開していった。機械が単調な作業を肩代わりしてくれる21世紀では、人間にはより創造的で感性豊かな発想の“クリエイティビティ”が求められる。高い成果を出そうとするのなら報酬を与えるよりも、好きだからやる、面白いからやるといった、内的な動機付けに基づいたアプローチが必要であるという。

ビジネスのための新しい運営システム3要素は、「自主性」「成長」「目的」であり、服従を望むなら伝統的なマネジメントの考え方はふさわしいが、参加を望むなら自主性のほうがうまく機能する。それにもかかわらず、いまだにビジネスの世界では時代遅れで検証されていない前提を大切にし、科学よりは神話に基づいて報酬を行っているというのだ。そして、“好きだからやる”の動機づけがより効果的に働く「具体例」として企業での成果を示して主張の“証拠”を提示した。

それは、オーストラリアの企業が1年に何回か「これから24時間、好きなことをやれ」とエンジニアに時間を与えると、その時間から有意義な作業が生まれる。また、Googleを例に仕事時間の20%を自由な時間にあてることで、GmailやGoogle Newsなどを生み出したというものだった。そして最後には、全体をうまく包みあげるような「まとめ」を掲げた。

■「事実に即した話題」は主張を地に足つかせる

氏のまとめは、次のようなものだった。

(1) 20世紀的な報酬、ビジネスで当然のものだとみんなが思っている動機付けは、機能はするが驚くほど狭い範囲の状況にしか合わない。

(2)「If Then」式の報酬は、時にクリエイティビティを損なう。

(3) 高いパフォーマンスの秘訣は報酬と罰ではなく、見えない内的な意欲にある。

科学知識とビジネスの慣行の間のミスマッチを正し、21世紀的な動機付けを採用すれば、私たちは会社を強くし、多くのロウソクの問題を解き、おそらくは世界を変えることができる――。

聞き手は、「印象的な場面」と「話の最後」を記憶していることが多い。最初の印象的な“ロウソク”の場面と、それを“現実社会でのロウソクの問題”(創造性と感性で解決が必要な仕事)を結び付けて結論とし、最初に戻る形で話を包みあげたことで、聞き手の興味を引き記憶を促している。さらには現実世界の実例を「証拠」としてあげたことで、実験の結果や主張だけでなく、私たちの“現実”としてより身近に感じられる内容に仕上げている。

「聞き手は、大げさな主題にではなく、それらをしっかり地につかせる事実に即した話題に興味を持つ」(*3)とデール・カーネギーも記している。ときには、こんな論証のような話の展開と、事実に即した話題(証拠)も、聞き手の興味をかき立てることもできるのだ。

[参考資料]
TED
*1 1945年カール・ドゥンカが考案した行動科学の実験
Duncker, Karl (1945) On Problem Solving, Psychological Monographs, 58, American Psychological Association
*2 1962年サム・グラックスバーグの実験
Glucksberg, S. (1962). "The influence of strength of drive on functional fixedness and perceptual recognition". Journal of Experimental Psychology 63: 36–41.
*3 Dale Carnegie, [1991]The Quick and Easy Way to Effective Speaking, Reissue,.
『心を動かす話し方』(デール・カーネギー著、山本悠紀子監修、田中融二訳 2006年 ダイヤモンド社)

(上野陽子=文)