京都府は風水に基づいて設営されている!? 京都散策では鬼門方向にご注意を

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安倍晴明(あべのせいめい)などで知られる陰陽道で北東の方向は、鬼が出入りする「鬼門」とされ、万事に忌むべき方角と言われている。陰陽道の考え方にそって造営された中国の長安を元とする平安京など、今も京都には鬼門避けのために北東の角をふさいだ建物がいろいろと存在する。そんな京都の街を検証してみたい。

元々、古代の中国では、北東と南西に巨大な敵がいたとされることから、北東が鬼門、そして南西が裏鬼門と呼ばれるようになったとされている。そのことから風水でも、鬼門や裏鬼門に位置する北東や南西に、玄関やトイレなどの水まわりに関するものを設けるとその家では悪いことが起きるとされている。

そもそも1200年以上前に京都に都が設けられることになったのも、風水では背後に山があって、前に海や川といった水がある地がふさわしいという教えに基づいているからだったという。その京都では、個々の建物にも風水の考えが反映されているが、京都全体としても風水に基づいて設営が行われている。

その代表とも言えるのが、平安京の東北に当たる現在の左京区修学院にある「赤山禅院」だろう。9世紀、表鬼門に当たる場所に皇城の表鬼門の鎮守として祀られたという歴史を誇る寺で、すぐ近くには「修学院離宮」もあるなど、長年に亘って皇室からの信仰も厚いことで知られる。

日本妖怪研究所所長の亀井澄夫さんは、「平安時代の書き物に鬼が度々出てきますが、出入りする方角はこの鬼門です。また、権力のもっとも及ばない方角が東北地方であったということも、鬼門のイメージに重なります。実際に京都御所は、鬼門をはっきり造形せず、壁にして鬼の侵入を防いでいます」と言う。

実は織田信長が焼き討ちしたことでも知られる「比叡山」も、京都の北東に位置する山ということから「延暦寺」は鬼門封じとして置かれた。また、上京区寺町通今出川上ル西入ルにある幸神社もその役目を担うものとして造られているなど、都を守るために鬼門は長く忌み嫌われてきた。

じっくり京の町を歩いてみると、御所以外にも五重塔で知られる「東寺」の北東部はあいまいな空間となっていて駐車場として利用されていたり、「西本願寺(龍谷山本願寺)」や「東本願寺(真宗本廟)」など古くからある寺社などの東北部分は切り取られていたりすることが発見できる。

さすがに最近の建物には表だって鬼門を避けて造られているものは少ない。それでも家を設計するに当たっては、今でも北東部(表鬼門)と南西部(裏鬼門)には玄関や風呂・台所などを設置しないようにしている家は多いという。京都では1200年たった現在でも、風水の考え方は脈々と受け継がれているのである。

更に鬼門は京都以外にも影響を及ぼしている。「有名なのは、長野県上田市二の丸にある上田城、そして大分県の日出城です。お城は調べていけば、何らかの形で鬼門封じを施してあると思います。それから、ちょっと違いますが、鬼門除け稲荷というのも千葉県の最北端にあります」と亀井さん。

京都に旅行に行った際は観光地を見るだけでなく、あちこちにある鬼門探しをしてみるのも面白いかもしれない。

●information

京都市観光協会